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本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『予告された殺人の記録』

『予告された殺人の記録』(G・ガルシア=マルケス、野谷文昭訳、新潮文庫)を読みました。

サンティアゴ・ナサールは、司教がやってきた日に殺された。殺人は町の人の多くが知っていたことであったにも関わらず、彼は殺されてしまった。わたしは、村の人々の証言と、当時の調書をもとに、30年も前に起きたこの事件を描こうと思う。


今回の読書の流れは、いつもに増して方向性を失いつつあるような気がしています。本作は、ノーベル賞受賞作家である、ガルシア=マルケスさんの中篇です。『百年の孤独』などで有名な方だと思いますが、文庫で読める中篇を見つけたので、読んでみることにしました。

さて、本作の主人公は、「わたし」です。「わたし」はサンティアゴ・ナサールの親友であり、殺人犯の親戚にあたる人物です。「わたし」が過去の殺人事件をまとめるという形で作品は展開してきます。
この作品で描かれるのは、小さな村という閉じられた世界で起きた殺人事件です。村人の多くは互いに顔見知りであり、したがって、殺されたサンティアゴ・ナサールも、殺すがわの人間も村人たちはよく知っているのです。そのような村の中で、殺人を計画すれば、それはすぐに人々の知るところとなります。しかし、そのような状況にあってさえ、この予告された殺人は実行されてしまいました。その事件が起こるに至った経緯、そして殺人が成功してしまった経緯、それぞれに多くの人が絡んでいます。
閉じられた村という空間は、本来なら殺人のような規範からの逸脱を許しはしないのでしょう。しかし、それはなされてしまいました。そこには、外部からのバヤルド・サン・ロマンという外部の人間が村に入り込んできたことも影響がありましょう。彼は村の規範とは関係のない人間です。彼は村で家を買い、ある女性に求婚します。彼は、それまであった村の暗黙裡のバランスを壊してきます。結局、その歪みが殺人事件という形であらわれたと見ることができます。
閉じられた村の中では決して起こるはずのなかった感情が、バヤルド・サン・ロマンが村に入ったことで起こり、そして殺人が計画されます。しかし、村の人たちはその感情がそれを実行に移すだけのものだとは考えません。なにしろ、殺人を計画したのはよく知ったはずの人間です。よく知ったはずの人間であるだけに、知っている人物像と殺人ということが結びつかず、殺人を計画しているという事実にはどこか現実感を感じられません。
しかし、殺人犯を動かしているのは、村の中だけでおさまるような感情ではなかったのです。村の中だけでバランスをとるならば、不要な手段であっても、今回に限っては必要な手段となってしまったのです。

壊れていく共同体。列車や自動車、汽船が発明され、人々を隔てている距離が短くなっていき、共同体は外との関わりを余儀なくされます。それは共同体の終焉で、どこの国にもあったことだと思えます。日本であっても、かつての村はこうした性格をもっていたと思えます。しかし、それは崩れていき、今はもうほとんどみることができない。
こうしてネットになにかを書き込んでいる私をつつむルールは、私が所属している町のルールではなく、もっと大きな共同体―地方自治体という行政的な区分けではなく、感覚的な所属感だが、それは日本という国単位のものなのかもしれないし、都道府県というものなのかもしれない、あるいは都市圏や文化圏と呼ばれるものかもしれない―で共有されているものだと思える。私の周りには、精神的に閉じられた場所など存在し得ない。私が生きるのは、良くも悪くも本作で描かれたような崩壊があった後の段階の社会である。
ある世界が外部と繋がるときには、互いのルールに違いがあるから、その違いをどう扱っていくかが重要になってくる。しかし、お互いにルールは当然のものとしており、したがって、違いがあるということ自体に気づかないような違いも多くあるのである。そのようなものが積み重なっても、少しずつ調整していき、気づかないうちに違いがうやむやになることもあろう。しかし、そうでなければ、目に見えた形になることで、はじめて理解されることになる。本作で描かれているのは、そうした歪みの現れであろう。
それは良い悪いということではなくて、あらわれてしまうものであろう。社会が歪むから、外部を締め出せとはいわない。それは無理だ。もう世界はそういう方向には動かない。すでに世界は一つにまとまる方向にある。そして歪みが多くのところで目に見える形となってあらわれている。

共同体の話でしたが、話が大きくなりすぎました。しかし、今、世界規模で起きていることは突き詰めていけば、こうした小さな社会同士で起きていることと同じだと思えます。
by nino84 | 2009-01-02 20:28 | 読書メモ