本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『神曲 煉獄篇』

『神曲 煉獄篇』(ダンテ、平川祐弘訳、河出文庫)を読みました。

地獄の第1圏谷を抜け、地球の裏側へ出たダンテとヴェルギリウス。そこは7つの環道からなる煉獄山がそびえ立つ煉獄であった。天国行きを保証された亡者はそこで現世の罪を償うのである。
ダンテはヴェルギリウスと共に、煉獄山を登り始めた。


先回に引き続き、『神曲』の2冊目です。今回は、煉獄篇です。煉獄とは、地獄と同様、「獄」という漢字が用いられているものの、地獄のように暗黒の世界ではありません。確かに、亡者たちが各層ごとに、なんらかの方法で苦しめられてはいます。しかし、煉獄は、地獄のように罪を罰するための世界ではなく、罪を償うための世界です。そんな世界をダンテとヴェルギリウスがめぐることになるのが、この第2巻です。
なにかとダンテの時代のイタリアの話がでてくるために、註がなければ―あっても、他の部分との関連も多く、もはや分からない部分もありますが―さっぱり分からない話が増えてきてしまっているように思います。次々と固有名詞がでてきますが、半分以上は分かりません。

そんな『神曲 煉獄篇』は、『神曲 地獄篇』に比べると、インパクトには欠けるように思います。ただ、『地獄篇』では、ミノスに始まり、ミノタウロスやケンタウロスなどギリシャ・ローマ神話で有名な異形の怪物たちが数多くでてきましたから、それにくらべればやはり印象の薄さは否めません。鬼の代わりに天使が多くでてはきますが、ミノスらのインパクトには勝てません。
ただ、読んでいての苦しさは『地獄篇』よりもあったように思えます。『煉獄篇』が『地獄篇』の続編ですから、それだけの積み重ねのために、苦しくなってくるのは当然といえるのかもしれません。その要因はありながら、しかし先のインパクトという観点からみると、『地獄篇』が怪物らによる非現実世界の印象が強い一方で、『煉獄篇』は―方法はもちろん非現実的なものですが―前者に比べれば非現実という印象は薄く、我が身に迫ってくる感じがあったのかもしれません。
現実の生活に余裕がなくなってきたために、読書からの影響が出やすかったという面もあるのかもしれません。

「困っている人が助けを乞うまで手を拱いている人は/実はもともと助ける気がない意地悪な人たちだ。」(煉17歌59、60行)

この部分を思わずチェックをしました。このあたりに付箋をはってしまうあたり、やはり現実世界での余裕のなさを感じなくはありません。


ところで、山登りの途中で、スタティウスという詩人がダンテの一行に加わります。ダンテとヴェルギリウスの二人旅という印象が強かったのですが、百聞は一見に如かず、ということでしょうか、基本的なところで知らないことが多いものです。

さて、最後は『天国篇』です。いつ出版になるのでしょうかね。
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by nino84 | 2009-02-15 20:11 | 読書メモ