本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「オルタ」

「オルタ」(木地雅映子、『氷の海のガレオン/オルタ』ピュアフル文庫収録)を読みました。

オルタはアスペルガー症候群の女の子です。彼女は隣の席の男の子から、一方的に苛められます。その子は突然パニックになったりと、周りのサポートがないとやっていけない子でした。したがって、先生は被害者であるオルタよりも、その子のことを気にかけます。親である私は、オルタに学校に気をつけろといいました。


昨日に引き続き、木地さんの作品です。今作も世間になじめなさを感じている子を中心に据えた作品ですが、「氷の海のガレオン」が本人目線であったのと異なり、母目線の作品となっています。すでに本を持ち主に返してしまったこともあり、十分に内容を振り返れないかもしれませんが、覚えている範囲で感想を書いていこうと思います。

さて、冒頭で述べたとおり、本作のタイトルにもなっているオルタはアスペルガー症候群の女の子です。物語の冒頭で、男の子に苛められるわけですが、その子もまた、自閉症スペクトラムあるいは精神遅滞らしく描かれています。
その男の子がオルタを苛める。被害者と加害者という枠ができて、しかし、そこでは男の子のハンディキャップが大きく取り上げられることで、オルタはあまり省みられることがありません。オルタは「自分がなにか悪いことをしたのだ」と考え、問題を外に出すことはしません。したがって、先生からすれば、適応している子です。そのために、よりハンディキャップのある男の子をあたたかく見守るという選択肢をとります。
男の子は常に問題を外に出す子で、したがって、その子をクラスで支えていこうという先生は、集団を運営していく上では、正しい。しかし、オルタはどうなる?と母としては思うのです。母は常にオルタの味方で、したがって、その先生の方針とは相容れません。

なにを大切にするか、ということで物事の対応は全く異なったものになります。母は、オルタの特徴を良く知っており、したがって、オルタを懸命に守ろうとします。先生はオルタのことを十分に知りません。また、同時に多くの子のこともかんがえなくてはなりません。したがって、オルタへの対応を十分にすることはできません。それを承知した母は、オルタを学校に行かせないという選択肢をとります。

どんな環境が子どもにいいのか、というのは、それぞれに異なります。学校という環境設定は、定型発達の子どもたちにはその発達段階にあった環境を提供してくれますが、自閉症スペクトラムの子どもたちにとっては必ずしもそうではないでしょう。刺激が多ければ、パニックになるかもしれませんし(こういう方法は過多になった刺激を処理する方法です)、発達がゆっくりであり形式的操作のレベルに達することが遅く、ものごとの処理が遅くなる、そもそも内容の理解ができないといったことで、同年齢集団の中での集団教育では上手くやっていけないことがでてきます。近年では、そのために特別支援で個別指導計画の必要性が叫ばれていたりするわけです。
ここでは、母は、オルタの個別支援の方法を考え、結果として学校に行かせないという選択肢を選んだわけで、決して「学校に行く意味なんかない」といっているわけではないのが重要でしょう。オルタについていえば、適切な環境を学校側がとってくれるなら、オルタは学校にいけるわけです。学校に行くことについて考えたとき、メリット―一般的知識の習得、友人関係をつくる、親から離れて活動するなど―と、デメリット―今回は、特定の男の子との関係性のなかでオルタが自尊心をなくしていくこと―を比べて、デメリットがオルタにとって将来的にフェイタルであり、メリットよりも大きいと考えられたための選択でしょう。
なんにしろ、安易に、学校に行かなくてもいいんだ、と考えてほしくはないところです。これは自閉症云々に限ったことではないと思いますが、その子にとって今、大切なことは何かというのをよく見ていく必要があるということでしょう。それをしなければ、適切に動くことなどできはしませんから。


「氷の海のガレオン」に比べると内容的に難しいように思えますが、面白かったです。最近、学校教育で必要だといわれていることを母の視点から上手く書いているかな、と思います。
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by nino84 | 2009-03-21 22:32 | 読書メモ