本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『悪徳の栄え』

『悪徳の栄え』(マルキ・ド・サド)を読みました。もちろん(?)、澁澤龍彦の訳です。

久しくこういう文章を書いていないことに気付いて、真面目な文章を書こうと思ったわけですが、本が本なので余り詳しく書きたくないというジレンマ。世の中で最も有名な異端文学作品だと思っているのですが、どうなのでしょう。個人的には『鬼畜人ヤプー』(沼正三)よりもよほど有名だと思っています。何を言っているのか分からなければ立ち入らない方が良いと思います。知らなくても良いことは意外なほどたくさんあるものです。


さて、この作品は主人公であるジュリエットがいかにして悪徳を備えていったかを描いた作品です。翻訳者である澁澤さんがあとがきで書いていますが、この本は「裏返しの教養小説」なのです。
「人間は自然から発生したものだから、その行動・思考は全て自然に受け入れられるはずである。しかし、人間はその行動を妨げるように法を作り出している。人間は自然にのみ従うべきで、法などに従う必要はない。欲望に従ってさえいればよい。」というのが(おそらく)根底にある。個人的には、誰しもこのような理論を一度は考えることがあると思います。しかし、世界が乱れないのは、この理論のどこかに違和感を覚えるからでしょう。そこでこの作品はその違和感を論破することで進む。違和感を論破することで、悪徳に従うことこそが人間の自然な生き方であるとしめそうとしているのである。

この作品では以上のようなことのみが書かれていくことになるが、実際にはそれをもう一度否定することができてこそ、この作品の意味があると思われる。否定ができれば、人間が社会を形成して法のなかで生きることを逆説的に肯定することができましょう。

こうして大まじめに書いてみたところで、実際にサド本人がこの理論を否定してみるべきだ、とは一言も書いていません。そのため、この作品をそのまま受け取ってしまうとう状況が大勢を占めれば、このような作品は決して表舞台にたたせることができるものではない。実際、発見当初はそのような状況であったらしい。それが再評価されるようになったのが20世紀になってからだというから、一部の人が無理にこの作品を逆説の道徳小説であると考えたのかもしれません。しかし、そのように読めることでこの作品に意味が見いだされ表にでてこられたのですから、作者の意図は没交渉であるといっていいのでしょう。


最後なにを書いているのか分からなくなってしまいました。(現在25:37)
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by nino84 | 2006-02-25 10:23 | 読書メモ