本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『幽霊たち』

『幽霊たち』(ポール・オースター、柴田元幸訳、新潮文庫)を読みました。

ブルーはホワイトから依頼を受け、目的も終わりも告げられないまま、ブラックの見張りをはじめる。ブラックは一向になにも起こさない。ブルーはホワイトのこと、ブラックのことを考えながら、仕事を続けていく…。

久しぶりの更新です。ここで文章書くくらいなら、別の文章書けって話ですが、現実逃避くらいさせてください。そんなわけで、ポール・オースターの『幽霊たち』です。

本作、登場人物の名前からして、その人物を大衆の中に埋没させてしまうような印象の作品です。話としてもなにが起こるわけでもありません。ただ、淡々と日々がすぎていくだけです。ホワイトから依頼を受けたブルーがブラックを見張るという、ただそれだけの話です。
ブラックはほとんど誰とも接触せず、ただ窓辺で本を読み、ものを書き、時々買い物や散歩のために外出します。そのあまりに平坦な日常を見張ることを依頼された私立探偵のブルーは、最初それが自らを欺くための行為だと思い、ブラックの一挙手一投足を逃すまいとします。しかし、日々を重ねる中で、ブルーはブラックが何ら事件性のない人間であるのではないかと疑い始めます。ブルーの観察眼を越えたものなのか、それともただの一市民なのか。依頼主ホワイトは何も答えをくれません。ただ、ブルーが一人で想像を膨らませるだけです。想像を膨らませるだけですから、現実には何も起きません。現実はただ平坦にすぎていき、ただブルーの心中だけが嵐のように波打ち、彼の精神はやつれていきます。
今も、先も見えない曖昧な状況は人の神経をすり減らしていきます。実際には、この曖昧な状況を解決するための手段はあります。ブルーが観察をやめればいいのです。しかし、それはブルー自らの職業的アイデンティティーを崩すもので、それは拠って立ってきたものを失わせる行動です。彼はその選択肢を思い浮かべながらも、やはり想像、可能性の世界で苦しみつづけるのです。

考えるということは可能性を広げることだけれども、結局、広げるだけで、動くには考えるのとは別の力が必要になるみたいです。可能性の中からひとつを選び取るには意志がいるのです。実際には、常に意志は働いていて、現状にとどまるという選択も意志ですから、ブルーにそれがないというのではありません。可能性のなかでもそれを実際に選び取る際のリスクは異なり、可能性を選び取るということには、リスクに見合っただけの誘因が必要になります。
考えるだけでは、実際になにもおきないのです。しかし、人間は何も起きなくても苦しむのです。可能性の世界に迷い込み、リスクを天秤にかけ、身動きがとれなくなり、追い詰められていくのです。本能で動くのでなく、考えることができ、様々な可能性を選び取ってきたものがいたからこそ、人類は発展しています。その一方で、考えるという作業そのものは、周りになんら作用せず、その人自身にとってのみ影響します。だから、人は、実際にはかなり小数でしょうが、客観的に観察できる状態では突然変わったということも起こり得ると思えます。

ただブルーが考えつづける作品ですから、そんな風に考えるということ自体について、その意味について考えてしまいます。アメリカの作家は、質実剛健で、男前な印象を受ける人が多いかな、と勝手に思っていますが、そういう作品群とは少し毛色の違う作品のようです。フランス人作家といわれても、納得はしそうな気がします。
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by nino84 | 2009-07-04 00:18 | 読書メモ