本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『少女地獄』

『少女地獄』(夢野久作、角川文庫)を読みました。

夢野久作さんの短編(?)集です。収録作品は「少女地獄」、「童貞」、「けむりを吐かぬ煙突」、「女坑主」(収録順)の4編です。
突然こういう変わった本が読みたくなることがあります。ちなみに彼の作品は『ドグラ・マグラ』以来です。『ドグラ…』はあまりにもよく分からなかったので、それに比べると全体的に分かりやすい作品群だったと思います。


「少女地獄」
実は書簡体の小説3本(「何でも無い」、「殺人リレー」、「火星の女」)をまとめた書簡集小説だったりします。

「何でも無い」
とても美しく、そのうえ有能な看護婦でもある姫草ユリ子はとんでもない虚言癖の持ち主だった。ウソにウソを重ねていくうちに、自分自身を破滅的な運命に導いていく…

この本を読み始めた理由の2割ほどはこの作品の主人公の名前のためだったりします。知り合いのハンドルネームにそっくりで思わず笑いながら買ってしまいました。

閑話休題。『失われる物語』(乙一)に収録されていた「ウソカノ」を一般化して破滅的に書いていったらこうなるのでしょう。ウソがばれれば、自分が「自分が見ている自分」でなくなってしまう。そんな自分を支えるためにウソをついて、そのウソを支えるためにさらにウソをつく。その結末として、彼女は破滅する。
書簡を書いている主は彼女のウソの被害者であるが、彼は彼女をそれほどの悪女とは思っていない。もちろん被害者なのではあるが、彼がなんらかの損害を受けたわけではない。むしろ彼の医院は彼女のおかげで繁盛したのだ。だからこそ、彼は彼女を責めきれない。

「ウソカノ」の時に書きましたが、ウソがいけないのではなく、ウソをつくことで人が被害を受けるのがいけないのだと思います。もちろん、自分に返ってくるものが大きいという点を忘れてはいけないのですが、それを承知の上でつく被害者のいないウソはあっても良いと思う。

「殺人リレー」 
バスの運転手である新高は同僚の女性に次々に手を出し、飽きたそばから自己に見せかけ殺すことですてていった。彼は東京のバス会社を追われ、地方のバス会社にあらわれ、今までと同じように同僚の女に手を出しはじめる。
彼の噂を聞いていたその女は、同業者の復讐をしようと近づく…


騙されることを承知の上で騙される人を止めることができようか。もちろん止めるべきであるのは分かる。だが、どうやって説得するのだ?その人は自分がどういう結末を迎えるのかさえも、知っているというのに。
あるいはその結末を知らない人を説得するならば、末路を教えてやればよい。それでもそれ以上のことはできないだろう。騙されることをどう思うかは、騙される人次第である。

「何でも無い」とも重なる部分であるが、ウソをついてはいけないのは人が被害を受けることだ。だが、人が被害を被害と思わなければ、外から見たら被害でも、被害ではなくなる。そうなれば、ウソをついた人は社会的に裁かれることはあっても個人的に恨まれることはない…。これが理論ではあるのだが、人の心は理論で動くものではない。どこかに少しでも恨みがあれば、なにかの拍子にそれが表出されることはあろう。
だからといって「だから人を騙すな」と言い切ることはできないが…

「火星の女」
学校の倉庫となっているあばら屋が燃えた。そのあとからは黒焦げになりだれかもわからなくなった焼死体が発見された。そして、人格者と名高いその学校の校長は突然失踪してしまった。
事件の真相が明らかになるにつれて、この事件を引き起こした闇の部分も明らかになってきたのだが、その事実は衝撃的なものであった。


ウソがばれなければなにをやっても…とは決して言えない。それをやってはいけない。越えてはいけない一線はどこかにあって、それを越えないようにやっていくべきである。なんにしろ、一番分かりやすい一線は法律であろう。

文章が尻切れなのは、あまり作品の真相部分に触れたくないからです。もう少し上手く誤魔化せればいいんでしょうがね。
ところで、今の教育制度にはない視学官がでてきた。そんな時代の話なんだと改めて感じると共に、教育史とかを勉強してなければもう縁遠い役職だな、とも思ったりした。


「童貞」
昂作は暗くそれまでの人生を思い返していた。彼は病によってその人生を終えようとしていたのだ。そんな彼に声を掛けるものがいた。彼女は彼にとある依頼をし、その場を去っていった。
後に彼は彼女の正体を知るのだが、その時彼は彼女にもう一度会いたいと思いはじめていた…


彼女の正体を知ったところで、絶望の中にいた彼に声を掛けたという事実は変わらない。だから彼は彼女に会いたいと思ったのだろう。人間には社会的な善悪以上に大切に思えることがある。その価値観に生きるか否かはそれぞれだろう。だが、彼はすでに人生を終えようとしていた。その命が終わろうというのに、社会的に生きる価値はあまりなかったのではないだろうか。だから彼は善悪以上に大切なものに動かされてみる気になったのだろう。
僕らがそうした価値観のなかに生きられるかは分からないが、そうして生きられるなら、それはそれで幸せだろう。


「けむりを吐かぬ煙突」
南堂邸には決してけむりを吐かない煙突がある。そこに良いネタがあると踏んだ私は調査を進め、とうとう邸の主人である未亡人に真相を聞き出せるかという機会を得る。そこで語られる事実とは…

未亡人は自分の秘密を率先して話し始める。それはすべてが自分の思い通りになるとおもっていたからだ。
記者である私に痛いところを指摘されても、その枠の中で彼女は自分の人生を生きようとする。常に彼女は彼女の人生の主人であり、他人に支配されることはない。自分で決めたことのなにを恐れることがあろうか。単なる自信過剰なのではない。彼女には行動に移すだけの力もあり、判断力もある。
彼女は決して責められない。責められるのは支配されているものだけなのだから。


「女坑主」
炭坑の女坑主新張のもとを、エチオピアへいくのでダイナマイトがほしいという男が訪れた。政府の目もあるからとダイナマイトをわたすのを渋っていた彼女は、男の話を聞きながら、どうするべきかを考える。

「けむりを吐かぬ煙突」同様、女性が強い。
この作品に関してはオチがある程度わかりました。
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by nino84 | 2006-08-02 00:46 | 読書メモ