本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『号泣する準備はできていた』

『号泣する準備はできていた』(江國香織、新潮文庫)を読みました。

我ながら、この読書傾向の振れ幅はどうしたものかと思うのですが、手軽に読める作品と言うことで、江國さんの直木賞受賞作品を選んでみました。ちなみに短編集で、収録作品は、「前進、もしくは前進のように思われるもの」、「じゃこじゃこのビスケット」、「熱帯夜」、「煙草配りガール」、「溝」、「こまつま」、「洋一も来られればよかったのにね」、「住宅地」、「どこでもない場所」、「手」、「号泣する準備はできていた」、「そこなう」(収録順)の12篇となっています。

「前進、もしくは前進のように思われるもの」
長坂弥生は空港に向かっている。かつて英国留学していた際にお世話になった人の娘が日本に来るというので、彼女のお出迎えをするためだ。バスに揺られながら、弥生は昨夜の夫とのやり取りを思い出す。
猫を捨てた?なにをいっているの?


「いくつもの口論と、そのあとの和解。物事は何一つ解決されない。かなしいのは口論ではなく和解だと、いまでは弥生も知ってしまった。」
和解は決して双方の主張の結果を統合したものではなく、どちらともない妥協。口論すること自体はものごとを円滑にすすめるための行為なのに、双方が妥協してしまえば、口論などは無意味だ。互いに興味を失ってしまったから、妥協してしまう。それでは決してものごとは進まない。二人の関係が停滞するのは苦痛でしかない。


「じゃこじゃこのビスケット」
3人きょうだいの末娘だった私は何をやっても兄や姉の後追いになるような気がしていた。いつも不機嫌を振りまいていた私は、免許も持っていない男友達にドライブに行こうと提案した。

世の中の多くのものを分かっていると思っていた。だからそれに従っていたけれど、実はそれは勝手な思いこみでしかなかった。世界はもっと違うものだった。こういうことを実感したのはいつだろう?いや、今も僕は多くのものを分かっていると思っているのかもしれない。
現実はもっと多様で、「美しくもなければ、やさしくもない」ものなのだとふと感じる瞬間は何処かにあって、それを感じているから、あるいは感じたことがあるから、完全に決まったものではない、面白い(?)人生が送れるのだろう。


「熱帯夜」
秋美と私は一緒に暮らしている。でも、私は自分たちの生活が「行き止まり」にあるのを気づいている。でも、彼女とは一緒にいるだろう。

女性が二人で生活する。その先にはなにがある?「結婚も離婚もなく、…妊娠も堕胎もない。」一緒になって、過去をさらけ出して、そうして互いの全てを知って、それ以上のことを望んだら、どうすればいいのか?
…どうするんでしょうね。秋美は今の状態を安定と考えているけれど、「私」は停滞と考えている気がします。でも「私」は孤独を避けたいから、二人で暮らしている。孤独は確かに寂しくて、救われないものだから、「行き止まり」でもいいと考えているのかもしれない。


「煙草配りガール」
薄暗いバーの片隅で女と男が二人ずつ。ひとつのテーブルで結婚及び結婚生活の話をしている。煙草のキャンペーンガールは、その空気の重さなど関係なくやってくる。

キャンペーンガールが煙草を配りにくるような場所でも、人生談義は繰り広げられている。どこにだって人生は転がっているし、どこでだって表せる。そうやって考えていても時間は止まってくれないし、世の中も止まってはくれない。


「溝」
裕樹と志保は今のところまだ夫婦だ。だから裕樹の実家に二人そろってきた。親や妹はそんな二人の状況には気づかない。いつも通り、麻雀をして、世間話をする。でも裕樹にとってはいつもと違う…

「溝」とは夫婦の溝?それとも親子の溝?どちらも溝なのだろう。互いに理解できなくなって溝ができる。一方を一方が理解できなくなって溝ができる。その溝を埋めるのはなに?もう溝ができたらそのまま離れていくしかないのだろうか?
少なくとも夫婦の溝はもう夫婦を夫婦と呼べないくらいにまで広がってしまっていた。それでも志保を見ていた裕樹と、もう他を見ていた志保と、どちらがどうだというのだろう。すくなくともこれでは溝は埋まりそうにはない。


「こまつま」
美代子はこまねずみのように働く妻、「こまつま」と呼ばれている。それはそれで名誉なことだと思っている。そんな美代子は実はデパートが好きで、そこには自分だけ楽しみがある。

美代子は自分は暇ではなく、暇で孤独な主婦とは一緒にされたくはない。だから、「こまつま」と呼ばれていることは名誉だと思っているし、だからこそデパートで他の主婦のようにはしゃぐことはしたくない。でもデパートは好きだから、自分のアイデンティティを崩さない程度にそこを楽しむ。孤独だとか、暇は敵で、それを表に出したら美代子は美代子ではなくなる。いつまでも特別な私、それが私。


「洋一も来られればよかったのにね」
なつめは夫の母親である静子と二人だけで旅行している。なつめと夫との関係は冷え切っているというのに…

「独身女のように自由で、既婚女のように孤独だ」と感じているなつめ。既婚女の孤独さとはなんだろうか?
夫でない男と自由に逢っていた。それに罪悪感を感じ、それでもそれをやめれば家に帰れると思った。帰る場所があると思った。でも無かった。夫との関係はすでに無かったから、結局、孤独さだけが残った。
自由なのに、孤独。自由だと思っていても、縛られているものがある。それに気づいた瞬間に孤独になる。それに気づいてしまった彼女はどうしよもなく孤独なのだろう。


「住宅地」
林常雄の楽しみは仕事先の工場をふくむ住宅地にある中学校を眺めることだ。
住宅地に住む真理子はそれを気味悪がっている。でもそんなことより夫の浮気が気になる。
都倉は常雄の同僚だ。彼は犬を飼っている。散歩している犬がかわいかったので、それを連れいている女性に声を掛けた。


だんだん、あらすじじゃなくなってきている…。だんだん、感想も感想じゃなくなってきているし…

閑話休題。住宅地には多くの人がいて、その人たちはみんな自分の暮らしを持っていて、色々考えてる。当たり前といえば当たり前。でも、交わることはほとんど無い。
でも声を掛けてみたら、なんとなくつながるんじゃないか、というお話?


「どこでもない場所」
私は友人と行きつけのバーで飲んでいる。旅先での恋愛が話題だ。
いきつけのバーは、なんとなく常連客に連帯感があって、良い。常連客の男とマスターもその話に加わってきた。


思い出の中の男。彼らはいつだって素敵だ。でも現実は厳しい。だから、今だけは「どこでもない場所」に、思い出の中だけの場所にもどって、それに浸りたい。
そんな気持ちになることは多い?そうだろうね。


「手」
妹はまだ老け込む年じゃ無いと言うけれど、私の手は脂が抜けて薄くなった。
そんな話を電話口でした日。突然、たけるがやってきた。妹の差し金だろう…


「自由とは、それ以上失うもののない孤独な状態のこと」らしい。かつての男との思いでを胸に、孤独に生きられたらいい。そういうのもありだろう。頭では。
でも身体は正直で、孤独から抜け出したら、手は「つやつやで、血色がよかった」。
で、どっちを信じる?本当に孤独を求めていたの?


「号泣する準備はできていた」
私、文乃と隆志は別居中。でも私は彼にとって特別な存在らしく、ときどき連絡があって、ときどき戻ってくる。もちろん、私にとっても彼は特別な存在なのだが。
でもその日、電話で話された内容は胸が塞がれるものだった…


「一人の男をちゃんと好きでいようとするのは、とほうもない大仕事」らしい。それは男だっておなじなのだが…まぁ、それはそれ。
文乃は他の作品の主人公より孤独を恐れているようだ。他の男と関係を持っても、思い出されるのは、隆志で、だからこそ泣きたくなる。自分が何をしているか分からないから。情けないから。号泣する準備はできていた。でも泣かない。泣けない。
強く生きるのは美徳?


「そこなう」
新村さんの離婚が成立した。だから私はうれしかった。でも新村さんの告白は、私を困惑させる…

離婚が成立したから、私はうれしかった。だけど、それでそこなわれたものがあった。その瞬間から、二人の関係が変わる。当たり前のこと。でも、それが何か違う。思っていたものとは違うものだった。
結局人が互いに理解し合えるものでもないから、そういうことだって起こる。それは仕方のないことで、人はどこかで孤独だ。でも、互いに分かり合える部分もあるから、一緒にいることだってできるのだろう。
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by nino84 | 2006-08-04 13:15 | 読書メモ