本の感想などをつらつらと。


by nino84
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

「思索」

「思索」(ショウペンハウエル、『読書について 他二篇』岩波文庫収録、斉藤忍随訳)を読みました。

思索をすることは、それ自体難しいことである。それは読書、学習とは全く異なる。読書は人の考え方をなぞる行為であって、自分の方法で考えるという思索とはその精神に及ぼす影響において大きなひらきがある。
読書は精神に材料を与えはするが、それだけのためにあるべきである。読書をするだけで、現実の世界に対する注視を避けてはならない。あくまで自分の方法で考える必要がある。
多読をする人は、思索をすることをやめることであって、それはあまり推奨できることではない。


導入に代えて要約のようなものを書いてみる。もっと多くのことをいっている気もするが、おおまかにいえば読書と思索の違いを述べ、思索の重要性と難しさを説いているのだろう。

現代はかつてなく情報が氾濫しており、多読することだけでなく、あらゆる情報を得る行為、テレビ、やラジオ、インターネットでも思索を妨げるといえる。こうしたものが思索を困難にしており、同時に大衆をつくりだしている。読書という能動的な行為なくして、多くの人が他人の考えをなぞっていく。それが大衆社会を生み出しているのだろうが、その大衆と対極にあるのが思索する人であろう。
現代のような大衆社会では、よほど意識しなければ、思索できないと感じる。


もっと俗っぽくいきましょう。要するに、「ファッションや恋愛についてのHow to本に頼るな。自分で考えろ」ということでしょうか。すこし言いすぎている気もしますが、思索が哲学的なことをさしているようなので、自分なりに消化するとこういうことなのではないか、くらいのものです。
[PR]
by nino84 | 2006-08-16 23:59 | 読書メモ