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本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「くっすん大黒」

「くっすん大黒」(町田康、『くっすん大黒』文春文庫収録)を読みました。

仕事を辞め、酒に溺れ、妻に逃げられた。楠木は、そんな状況でもずっと笑っている大黒の置物が気に障って仕方がない。
楠木は、その置物をどこかに捨てようと決意するのだが…



働くのが嫌になって、仕事を辞める。で、遊んで暮らしてみる。何か足りない、と趣味を見つけようとするが、どれも違う。それで結局、酒に溺れてしまう。生きる価値を見いだしたかったのに、見いだせない。ふと気づくと、以前もっていたはずの容貌は失われており、妻もいなくなり、以前より何もなくなっていた。
それでも大黒は笑っている。しかも、ヤツはバランスが悪いのか、自立できないのだ。それなのに笑っている。バカにしている。自分の足で立てないと言うのは、笑っている場合ではないのだ。
そういうところが気に入らず、目障りだから捨てに行く。

でも、やはりそれは大黒様の置物であって、そこらに捨てていいとも判断できない。そういう部分で、楠木はまだ生きている。大黒の居場所を探してしまうくらいには、まだ彼は人だ。結局彼はその大黒を誰かに渡そうと試みる。そこで居場所が見つかるかも知れない。
(なんだ、彼は人のつながりはあるんじゃないか。)

その友人の紹介でバイトをしてみる。そこが楠木自身の居場所になる可能性だってあった。でも、ならなかった。ヒドイ。不公平だ。同じ立場のはずなのに、なぜヒドイ扱いを受けなくてはいけないのか。それで結局そこをやめる。

それでも生きる価値を見いだしたいから、色々やってみる。ふと人をみると、まだ自分も捨てたもんじゃないという気がしてきた。まだ、やっていけるんじゃないかという気がしてきた。もう、大黒に笑われても気にしない。もう大黒様とそれを価値付けなくても、他の価値づけもできる。
「あの大黒捨てちゃってもいいかなぁ」と渡した友人に問われて、「好きにしろ」とへらへら笑えるようになった。あんなものはただの置物だ、ということなのだろう。


これくらいで納得してみた。
それでも、ちがうのかな、と思うことがあるのは、楠木が関西弁だか大阪弁だかで語るからだろう。なんとも軽いのだ。軽いはずなのに、やっていることに重みを感じてしまう。その落差が、僕に物事を深く考えすぎているんじゃないかと思わせる。エネルギーといえば、そう思える。
持っていたエネルギーの出しどころが、言葉以外にはなくなっていたと言うことなのだろうか。そうであれば、最後に突然豆屋をやろうと思い立つ、彼のエネルギーにも通じる所がある。
そうだ、思えば働くのが嫌になって、「思い立ったが吉日」、とすっぱり仕事を辞められるのも楠木のもつエネルギーの所作だったのだろうか。
by nino84 | 2006-10-01 23:11 | 読書メモ