本の感想などをつらつらと。


by nino84
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

「犬」

「犬」(安部公房、『R62号の発明・鉛の卵』新潮文庫収録)を読みました。

ぼくは犬というやつが大きらいだ。S君の事件を知っているかい?飼い犬に喰い殺されちゃった、あの話だよ。なに、知らないのかい?じゃあ、聞かせてあげよう。


現代、犬の多くは愛玩用で、特に役割をもたず、人間が養っている。人間からすれば、気を紛らわすため、という目的があるといえる。しかし、犬自身は、そこにいる意味は特にない。問題の犬も、もちろん愛玩用であった。

しかし、まずはその飼い主から問題にしなくてはならないと思う。その犬の飼い主は研究所のモデルをしていて、お世辞にも頭が良いとは言えない人物である。彼女には、主体性が欠けていた。研究者のやることなすことに反論もせずに迎合する。まるで犬のようなのだ。
そして、問題の犬、つまり彼女の飼い犬についてである。その犬は、まるで人間のように振る舞う。飼い主に、「犬に見られているほうがたのしい」と言わしめるくらいに人間なのだ。犬は「見て」たのしむものであって、「見られて」たのしむものではない。「見る」のは人間でなくてはいけないはずだ。だが、この犬にとってはそれが違う。飼い主は犬であり、犬が飼い主であるような関係が成り立ってしまっている。この作品では、こうした構造があらかじめ用意されている。

そして、この2者の関係に入ってくるのが、Sである。飼い主にとって、飼い犬の相手はやはり、飼い犬であろう。とすれば、Sは問題の犬にとってやはり飼い犬であって、飼い主たりえない。しかし、Sにとっては―大多数の人にとってもだが、―それは不自然である。その結果、どちらも飼い主であろうとするから、そこでは当然主権争いというのが起きる。互いに互いを支配しようとする。この争いでの人間の武器は知能であり、犬の武器はその牙である。しかし、犬に知能がないといえるのか。本当は人間よりも知能があるのではないか。犬は人に媚びることで何もせずに生きているのではないか。だとすれば、人間の武器とはなんだろうか。犬に踊らされているだけだとすれば、人間の武器なんぞなにもないではないか。


いろいろ書いてきましたが、最後のオチは人間の優越を示しているようにも思います。作品自体を否定するというか、そんな感じがしました。結局、ちょっとしたホラーなんでしょう。日常場面でこういうことがあったら怖いよね、という。
[PR]
by nino84 | 2006-10-08 21:40 | 読書メモ