本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「死んだ娘が歌った……」

「死んだ娘が歌った……」(安部公房、『R62号の発明・鉛の卵』新潮文庫収録)を読みました。

東京に来て10日、私は睡眠薬を飲んで自殺した。それで私は魂になった。
魂になってしばらくは私は自分の部屋で考えにふけっていたが、家に帰ろうと決心する。



「変形の記憶」同様、魂を主人公とする作品です。ですが、今作は「変形の記憶」とは異なり、魂と身体との関係を強調した作品ではありません。自殺することしか選択できなくなってしまうほどの苦しい生活、これを重点的に描いていると思えます。

田舎の工場では、過剰生産の中で儲けを出すために、工員に休みを出す。工員としては貧しいから働いているのであって、収入がなくなれば家族が飢えることになる。結局、東京に出稼ぎに出るしかないのだが、女にできる仕事は限られている。それに、その仕事の中で仕送りができる仕事も限られている。
しかし、その仕事を選択することは自尊心を傷つけるものであって、何とも耐えられない。その上で、男に仕事のことを責められれば―自分でも納得していないだけに―なにも言い返すことはできない。この連鎖は悲しい。

死ぬことでこの流れから脱出してみると、新たに見えてくるものがある。
東京の店の店主は「私」が死んだことよりも、働き手が減ったことを残念がっていたようだ。
また、実家の家族は確かに「私」の死に衝撃を受けるものの、見舞金のほうに目がいってしまう。生きていくためには仕方のないことなのだが、それはそれで悲しい。それに、お金を手に入れる術がないから妹がまたひとり「私」と同じ連鎖のなかに組み込まれていくことになる。それも悲しい。
そして田舎の工場に帰れば、まだ連鎖の入り口にいる工員をみることができる。「私」も工場にいるときにはこれから先にある連鎖を想像できなかった。でも、魂となった今、「私」は先を知っている。だから「私が生きていれば」と思う。でも、「私」には連鎖をとめる力はない…。

魂になることで、神の視点に立つことができなければ、こういう作品は書けない。したがって、死そのものに焦点を当てた「変形の記憶」とは異なる作品であるといえる。
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by nino84 | 2006-10-10 20:43 | 読書メモ