本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「ミシン」

「ミシン」(嶽本野ばら、『ミシン』(小学館)収録)を読みました。

私は乙女として生きています。それはマイノリティ、異端の存在と美意識であって、それを人に分かってほしいと私は思いません。私はエスという関係を持ちたかったのです。しかし、私の姿見や性格がこれまでそれを許してはくれませんでした。
そうでありながら、私はなんとしてもあなたに近づきたいと思ってしまったのです。テレビであなたの姿を見たときから。



前日の「世界の終わりという名の雑貨店」に引き続き、嶽本野ばらさんの作品です。『ミシン』には2作収録されていましたので、これでひとまず終了です。

今作も文体は"私"の一人称の語り口調となっており、やはり淡々と物語を進めていきます。前作も含めて、主人公の思考は、作中で言っていますが、マイノリティであり、異端なので、それを受け入れられないと最初はつらいかもしれません。読んでいけば表面的に異端な感情の表出をしながら、それなりに普遍的な感情であると―これは僕の主観で作品に取り込まれているだけかもしれませんが―なんとなく感じられるようになるとは思います。
性的な愛ではない。尊敬できる対象への愛、あるいは思慕、これはどう表現されるべきなのか。実際には、種類によらず、愛の表現の仕方の幅などそれほど多くないでしょう。どの類の愛を感じているかに関わらず、表現される愛は同じものでしかなくなります。特にそれまで様々な表現を試したことがなければ。

"私"はそんな娘です。昔の本を読んでエスに憧れる。エスとはどういうものかを文章で知り、そのように行動します。彼女がエスの関係になりたいと願った女性も、実のところ愛の形を分かっていませんでした。"私"は彼女に近づきたいと思っており、彼女は共にいたいと思っていた別の人との死別を体験していました。
そのような状態で"私"の彼女への思いの表現は彼女の望みをかなえることでした。それは愛のひとつの表現の方法なのでしょう。たとえ傍からみて残酷であっても、関係の中ではそれが自然なことだったのでしょう。そもそも多くの愛は二者の関係性のなかのものだから、それに基づいてそこでなにが行われたとしても、二者の閉じられた関係の中での表現は、それはそれとするしかないのです。


…ここまで書いてきたら、なんとなく規範意識の強い人にはお勧めできないかな、という気がしてきました。読んでも反発が強そうです。まぁ、本を読むときに理解しないようにと思って読む人はいないでしょうから、よほどのことがないかぎり大丈夫でしょうが。
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by nino84 | 2007-10-11 11:21 | 読書メモ