本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『象の背中』

『象の背中』を観ました。

不動産会社部長、藤山幸弘(役所広司)は医者から末期の肺がんであり、このままでは余命はあと6ヶ月であると宣告される。彼はそのことを長男だけに伝え、できるかぎり今まで通りに、生きることを選択した。


情報源はほぼポスターのみという、びっくりするほど事前情報なしで観てきました。ので、出だしが一番びっくりしました。あぁ、そういう話なのか、と。そこからなのか、と。

『死ぬ瞬間』(E・キューブラー・ロス)という著作があります。がんを含めた末期患者への面接から、"死に至る"人間の心の動きを記述したものです。彼女は死を、特定の瞬間でなく、長い過程であるととらえ、人生の最終段階を記述します。
死の過程は致命疾患の自覚の瞬間から始まります。その瞬間、患者はショックをうけ、それを信じようとしないのだそうです。もちろんその期間には個人差があり、面接調査の結果をまとめると、数秒で終わるものから、数ヶ月続くものまであったようです。その後にはさまざまな形での怒りや憤りが表出されるといいます。この段階のうちにも、時に自分の状態を否認したくなるようなこと画起こりうるともされています。さらに、こうした段階をこえると、抑うつの段階に移り、最終的な受容の段階の足がかりとなるといいます。
著者はこうした段階は入れ替わることはなく、時に段階がもどったりはするものの、ほとんど先述の順序で現れるといいます。

さて、本作ですが、こうした死の過程を―特に後半の部分を―丁寧に書いた作品であるといえるでしょう。
主人公、幸弘は医師の宣告を受けた瞬間、呆然とし、それを受け入れられないという表情を見せます。その後、彼は気持ちの整理のため、自らが手がける開発計画の計画地を訪れ、そこで内省をします。結局、彼は延命治療を受けないことを固く決心し、長男にだけ病のことを話し、妻にさえ隠しながら、普段通りの生活をしようと試みます。これを否認とみるのか、受容とみるのかはかなり微妙なところではあるのでしょうが、当初は否認であったようですが、その決意は次第に受容にと移ってきているように思えました。
僕が受けた感覚なので、なにか決定的な証拠があるわけではないのですが…。

ただ、細かなタイミングがどうであれ、彼が過去に会いに行こうという決心をした段階ではすでに受容の段階にあったと思えますから、受容の段階まで比較的早くたどり着いているように思いました。作品のメインは受容の段階にある人がどのように自分を受け止めているか、という部分のように感じましたので、中心をはっきりさせるためには良かったのではないかと思います。

役所広司の演技がすごかったです。すごい迫力でした。


ところで、幸弘の愛人の存在にいまいち意味が見出せないのですが、なんだったのでしょうか。幸弘とその父を重ね合わせる状況が―あるいは設定が―作りたかっただけ、というのではないように思いたいのですが、それ以外になんだというのでしょうか。正直、対人関係の構造が分かりにくくなるので、彼女はいなくても良かったのではないかと思いました。
もちろん個人的にそういう形の恋愛は分かりかねるというのもあるのですが。


……

ひさしぶりに視聴メモを書きました。DVDではなく、映画なので、見返すことが出来ず、消化できていない部分―主に愛人のからみ―がなくはないのですが、過程としての死の段階を描いているという部分が中心にありますので、あまり大きく評価は変わらないかな、と思ったります。
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by nino84 | 2007-11-02 01:35 | 視聴メモ