本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『夢の守り人』

『夢の守り人』(上橋菜穂子、新潮文庫)を読みました。

カンバルから再び新ヨゴ国へと戻ったバルサは、奴隷商人に追われる男にであう。その男は自らがリー・トゥ・ルエン<木霊の想い人>であり、流しの歌い手をしているという。バルサは彼を護衛がてら知り合いの呪術師タンダにあわせてやろうと思い立つ。
一方、新ヨゴ国内では意識を失ったまま起きないという症状をもつ人々が次々と現れていた。



読み終わってから時間がたつとまとめが難しくなってしまいますね。このところ毎日更新しているのですが、なかなかスタックが解消されません。一応、明日で解消される予定です。


さて、本作は『守り人』シリーズの3作目にあたります。現在(2008年1月現在)のところ新潮文庫から刊行されているものでは最新作ということになります。やはり、女用心棒バルサを主人公とした異世界ファンタジーとなっています。
今回の中心は呪術師など異世界との交流をするものたちということになるのでしょうか、タンダとその師であるトロガイ、またリー・トゥ・ルエン<木霊の想い人>であるユグノ、そして星読博士たち、こうした面々がみる異世界と現世との関わり方を軸に据えて物語が進行していきます。

異世界は目に見えないからこそ、見た人がそれを言葉で表現しなくてはならない。しかし、目に見えない同じものを見ても、信じているものが違う人がそれを共有することは難しい。これまでの『守り人』シリーズでも異世界について、それを見えない人々がその存在の本質を理解できず、困惑する場面が多く書かれてきました。シリーズのこれまでの作品が異世界は設定として利用するものでしたが、今作ではそれを中心に据え、それが見えるとはどういうことか、それがそもそもどういうものなのか、ということを描いているように思います。

異世界は見えない人には恐ろしいものです。それを理解できないから、あるいは異世界を体験できなからです。また、たとえそれが見える人であってもそれを理解できるとは限りません。彼らにとっても異世界は現世とは違うものであって、現世とは違うというルールを理解することができなければ、結局恐ろしいものとなりましょう。それでも異世界を見られる人は、少なくとも異世界が現世とつながっていることを体験で知っています。また、見たままを表現すれば、そこが美しくも厳しい場所であることをも知っています。
では、異世界を見られる人はそれをどう表現するのか?見えない人にその重要性をどう伝えて、理解させるのか。
見えないものを信じることは難しいことだと思います。想像は人だけができることですが、想像できるからこそ言葉に嘘があると疑うこともできます。証拠がなければそれを信じることは難しいと思えます。
しかし、その一方で人は想像できるからこそ、言葉だけでもものの存在を信じることができましょう。『守り人』の世界は異世界と現世とが緊密に関わっており、それが現世の生活に関わってくるからこそ、その関係を伝える必要があったのですが、それがなかなか難しいというお話。


返って、私たちの社会も同じことのように思います。表現者はいつでも苦悩するもの。それは言葉だけでのつながりが難しいのだが、選択肢があまりないということによる。
感動を伝えたかったとしてもその感覚を正確に言葉にできなければダメなのだ。思ったこともイメージではなく言葉で伝えなくてはならない。それが難しいと感じるから人はイメージを絵にし、音にしてまでなにかを伝えようとしてきた。
実際に表現者がどんな感動を得たのか、完全な追体験はできない。しかし、私たちはそれを表現者の言葉、絵、音から想像することができる。あるいは、類似の感動を得たときに、表現者の意図を漠然と想像することもできるだろう。
人はそうして発達してきたと思えるのだが、今の社会は一部で言葉がどんどんと表現力を失っているように見えてしまう。追体験という所詮無理のある部分に重きを置きすぎているように思ってしまう。想像できることはもっとあるはずなのだろうに。


余談ですが、本書の解説をかいておられる養老孟司さんが私の思っていることを端的に言ってくれているように思えて、うれしかったです。すっきりと文章が書ける人というのは尊敬します。
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by nino84 | 2008-01-14 18:28 | 読書メモ