本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『機動戦士ガンダムUC 3赤い彗星』

『機動戦士ガンダムUC 3赤い彗星』(福井晴敏、角川書店)を読みました。

スペースコロニー<インダストリアル7>を襲ったテロ事件から逃れたネェル・アーガマは、バナージたちを乗せたまま暗礁地帯へと逃げ込んでいた。そこへ赤い彗星シャアの再来と呼ばれる男フル・フロンタルが迫る。


本作は『機動戦士ガンダムUC』シリーズの3作目にあたります。引き続き「ラプラスの箱」を巡る攻防が繰り広げられていきます。

本書についていた帯によれば、本作は「大人のためのガンダム」だそうです。「赤い彗星」という単語が出てきたり、「二度も殴った!」とか言うセリフだしてみたりすれば、回顧的という意味でまさに「大人のためのガンダム」と言えるのでしょう。今の子どもには下に敷いているものがなんだかよく分からないでしょうしね、たぶん。そういう意味ではオードリー・バーンという偽名もそのあたりの世代にあわせたものだと考えられますね。ちなみに、今作で彼女の出自が明らかになっています。

また、こうして表面的に「大人のためのガンダム」しているのに加えて実は内容も大人のためを思ってかかれているように思えました。
ガンダム作品では、主人公の青年が大人の社会のいざこざに巻き込まれていく、というのがたいていの流れになります。(『逆襲のシャア』までのU.C.作品においてはアムロとシャアの2者関係を一貫して描いてきたという部分もあるのですが、主役というわけではないと思えます。)そこでは常に大人の理屈と青年の感情とのぶつかり合いが描かれてきました。特にZに如実に表れていると思えます。すなわち、主人公カミーユ・ビタンは大人の理屈の理不尽さに抵抗し続け、TV版では力尽きます。キレる青年といえばそれまでですし、大人はもっと感情の処理をうまくやるんだと言われればそれまでですが、感情の吐露さえ許さないような状況がありうるというのは、哀しいことでしょう。
戦争という非常時に大きな組織のなかでは感情は無視されがちです。今作でもそれは代わりません。地球連邦政府、ネオ・ジオン、ビスト財団、アナハイム社…多くの組織がそれぞれの組織のために人を動かします。組織の中での役職は人の感情を殺していきます。それは組織を運営していく中で仕方のないことである一方で、人としてはなにかが欠落していきましょう。
そのなかで、バナージただ一人が感情で動ける。彼は未だ感情の収め方を知らない、分からない。女の瞳とその手のぬくもりだけを頼りにして行動を起こせる。
それは大人の世界では有る意味で逸脱した行為でありながら、だれもが夢見る行為であろう。それができたらどんなに楽か。なにも考えず、感情にしたがって動く。本作が大人にそれを薦めるとは言わない。ただ、大人にそれを思い出してほしいというメッセージはあるように思う。それで、「大人の(読むべき)ためのガンダム」。

とはいえ、福井晴敏さんの作品というのは、いつもこんな感じの作品である。『川の深さは』からの3連作では青年と中年の男を中心に据え、青年の感情に感化される中年男が描かれている。彼自身がガンダム好きというのが、そこに表れているかどうかは知らない。しかし、彼の作品には、富野由悠季さんの描く作品とどこか似ていると思うのである。世界をきちんと描き、そこで群像ではなく一人の人の感情を描ける。


以下余談。
先日の記事でファンタジーが好きだと書きました。本書のようなSF作品も広義のファンタジーといえるでしょう。現実ではない世界のお話。
ところで、SFとファンタジーを同じくくりで捉える人はいくらかいると思います。最近、自分が古典さえもファンタジーと同じような分類で捉えているのではないかという感覚に陥ります。すなわち、古典の世界がすでに社会制度が違い、文化が違う世界の話になるからです。『ゴリオ爺さん』を読んでいて思ったのですが、やはりどこか現実感はないのです。それでもそれが現代まで読みつがれているのは、現代の文化や感覚と同じ部分をもっており、それを普段見えないような角度から描いているから、すなわち一般化して考えることができるからでしょう。
『夢の守り人』の解説で養老孟司さんがファンタジーは「文学の典型的な形式」でありながら、「エンターテイメント性が強」く、そう思われないことが多いと述べた。まさにそうなのだろう。どうしても剣と魔法の国は子どもの想像の世界とされてしまう。
もちろん、私のファンタジーの定義がとても広いのは分かる。私の定義ではすべての作品が時代をまたぐとファンタジーになってしまう。書店にならべるならそういう分類は無意味だろう。それでもやはり私は、「(すでに)現実でない世界をもちいた話」を好む。一歩引いて読める作品だから。
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by nino84 | 2008-01-15 11:18 | 読書メモ