本の感想などをつらつらと。


by nino84
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

「蜘蛛の声」

「蜘蛛の声」(中村文則、『土の中の子供』新潮文庫収録)を読みました。

私はいま橋の下の、それを支えるコンクリートの窪みに潜んでいる。ここを見るためにはわざわざ汚い川の川岸まで降りてこなければならず、よほど人にみつかる心配はない。私は世間から離れたかった。


前回に引き続き中村文則さんの作品です。この作品も男性の一人称でかかれた作品になっています。今回は短編です。

さて、主人公は大学を卒業し、会社で営業として働き始めたばかりの男性です。「私」はある日、仕事から逃れるように家に引きこもり、さらに人と接触すること事態が億劫になり、橋の袂の暗がりへとたどり着きます。彼はなにかに曝されることを恐れ、人に見つからない、暗がりに潜みました。彼はそこで安堵を感じるというのです。
また、同時に「私」は「隠れている」ということに他者に対する優位性を感じます。たとえば、橋の上で行われる会話、それは本来なら二者だけのもののはずなのだが、それを傍観する「私」はその二者の空間を壊すものとして働きうる、という優位性。

「私」は一方的に人を支配したいのでしょうか?人と接触し、人に支配されることを恐れる一方で、自分は人と接触し、それを支配したいと思う。
世間で生きていれば、人はどうしたって関係性の中でしか生きられず、自分⇒他人という力だけでなく、他人⇒自分という力も必ず働く。前者の力は振るっていて悪い気はしない。しかし、後者の力は億劫なこともあろう。いわゆる「つきあい」というものが。

「私」は入社してすぐに会社で偶然にも成果をあげます。それは確かに彼に高揚を与えましたが、同時にさらに成果をあげなくてはならないという重圧、他人⇒自分という力に常に曝されることなります。おそらく「私」は失敗することを恐れた。だからその力の及ばないところに逃げたかった。
当初、「私」は家に引きこもってさえいれば、他人⇒自分という力が働かない環境に生きられると思っていたようです。しかし、そこに会社の同僚があらわれ、彼に声をかけます。それは明らかに「私」を世間に引き戻す、他人⇒自分という力でした。だから彼は本当の暗がりへと逃げました。そこは一方的に自分⇒他人という力だけを働かせることができる場所です。

しかし、「私」もその環境の異常さには気づいているのでしょう。蜘蛛の話に反発したことは、それを示しているように思います。それは人のあり方としては不自然なのです。しかし、彼は怖い。だから、それ以上の力で、他者がせまってくる以上の力で、迫ってくるすべてを拒否しようとしているのでしょう。
[PR]
by nino84 | 2008-01-25 09:26 | 読書メモ