本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「ピトル・ポーウォブ課」

「ピトル・ポーウォブ課」(ハーラン・エリスン、伊藤典夫訳、『世界の中心で愛を叫んだけもの』ハヤカワ文庫収録)を読みました。

モーグの仕事は、つぎつぎと送られてくる"あれ"に対応することだ。モーグは固体となり、"それ"の目の前にあらわれ、"それ"をなんとかして送り返すのだ。
しかし、"それ"を落ち着かせるのは容易なことではなく、しかたなく彼は"それ"にあるものを与えて送り返した。



わずか5ページの作品なのですが、造語が多すぎてつかみ所がない作品でした。最後まで読みながら、"あれ"があれであるという確信があまりもてないのは、私の読解力のせいなのでしょうが…。

とりあえず、モーグをはじめとするピトル・ポーウォブ課の面々は人間ではない。そして、送られてくる"それ"は、「彼らから見た」異形のものである。読み進めると、モーグは"それら"に鼻、女、神、生殖器官、りんご、車輪、犬、数字、夢…さまざまなものを与えてきたということがわかる。したがって、なんとなく"それ"が人間であるように思える。
しかし、「"それら"がせっかちな赤んぼうにすぎない」という記述から、どうやらそれは赤んぼうではない、ように思え、そのためどのタイミングで課に送られてきているのか、非常に混乱する。
赤んぼうと胎児を分けて考えればいいのだろうか。それともなんらかの経験をしている成人が送られてきているのかもしれません。どちらを想定しても、しっくりくる部分とそうでない部分があり、よく分からなくなります。

どちらにしても、この課は私たちの思ういわゆる神みたいなものだろう。そして"それら"は"それら"の住む世界とは別の世界においてモーグら異形のものたちと接触し、なにかをいただく。
神という概念自体を神らしきものから与えられているのは面白いと思うのだが、いかんせん全体がつかみにくい。

この作品は、おそらくいわゆる神との接触から神性をはぎとるということをしてみたのだろう。
そもそも信仰に厚くない人はあたえられたという表現はせず、自分で思いついたと表現するだろうから、そういう作品はなりたたない。私はまさにそういう人間で、私にとってはそもそもの前提が違うから神性があろうがなかろうが関係ない。そのために―あるいは抵抗なく受け入れられている部分もあるだろうが―理解がすすまない部分があったのかもしれない。


いろいろ書いてきましたが、全体としての印象は「分からなかったので評価できない」で決まりです。
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by nino84 | 2008-02-09 13:28 | 読書メモ