本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『ターンAガンダム I 地球光』

『ターンAガンダム I 地球光』を観ました。

人々が地球と月に別れて暮らしている時代。銀髪の少年ロラン・セアックは地球帰還作戦の先発隊として地球に降り立った。
そして2年。いよいよ本隊が降下してきたのだが、月のMSは産業革命さなかの地球人にとって脅威でしかなく、交戦状態となってしまう。そんな月と地球の戦争に、ロランは巻き込まれていくことになる…



またしても映像作品です。『ターンAガンダム』はガンダムの原作者である富野由悠季さんが監督したテレビアニメです。本来ならテレビシリーズもみたいところですが、さすがに4クールのアニメを短期間でというのは無理があるので、とりあえず総集編である映画を観ることにしました。本作はタイトルに"I"とついているとおり、2本の作品で完結となる作品です。本来なら2作観た段階で書くべきかもしれませんが、いろいろと思うところがあって、今回はバラバラで書くことにしました。

さて、本作は『ターンAガンダム』における前半部分をまとめた作品になっています。エピソードの順序の組替えや削除をし、2時間で2クール分の物語を進めることになんとか成功しています。
もともと富野さんはこういったみずから監督したテレビシリーズのまとめなおしという形での映画をいくつか製作しています。たとえば『機動戦士ガンダム』は3本立ての映画に、『伝説巨神イデオン』は2本立ての映画に、最近では『機動戦士Zガンダム』を3本立ての映画にまとめなおしています。
最新作である劇場版『Zガンダム』でこうした手法をかなり使いこなしているな、という印象をうけましたが、今作について言えばやはり総集編としての域を出ていないように思います。その原因は『ターンAガンダム』という作品が他のガンダム作品に比べてかなり異質な作品であることにあると思われます。すなわち、『ターンAガンダム』という作品は、いわゆる白トミノの作品―俗に、皆殺しの富野といわれテレビ版『Zガンダム』に代表されるように主要なキャラクターを躊躇なく殺していく作風で有名であった時期を黒トミノ、そうした路線が解消された『ブレンパワード』あたりからの時期を白トミノという―であり、作品全体としてやさしい雰囲気をかもし出しているのですが、エピソードを丸々削ることでその雰囲気の一端が崩れているのです。

テレビ版では、月に住む者ムーンレイスと地球の住民との間での小競り合いがとても丁寧に描かれていました。それは別に戦争を描くのではなく、一般市民同士の小競り合いを描いていたのです。たとえば、「ローラの牛」という話では環境の変化や配給不足で母乳が十分に出なくなったムーンレイスの母親のために、すでに家を立ち退いた地球人の農家から乳牛を調達するといったエピソードが描かれます。
こうしたエピソードの多くは、作品の世界観を広げる役割を果たしはするものの、なんら物語りの進行に影響を与えませんから、率先してカットされていく運命にあります。こうしたエピソードこそが『ターンAガンダム』の真骨頂だというのに。

一方で、多くのエピソードがカットされていく中、残っているエピソードというのは、それはやはりとても重要なエピソードであって、そうしたエピソードの積み重ねられている本作の情報量は当然かなりのものになります。
とりあえず、本作の見所は最終盤の核を巡るエピソードでしょう。核のおそろしさを知るムーンレイスとそれを知らない地球の人々。発掘したものはすべて価値あるものであると考える地球人は、ムーンレイスが発掘した核を力ずくで奪おうと試みます。本当に、怖い。富野さんは、いままでいろんな形で戦術核は触れてきているけれど、このエピソードが一番印象に残っています。


といいながら、雰囲気の一端を感じ、よさそうだな、と思ったらやはりテレビ版を観ることを全力でお勧めします。完全に説明不足なので。
テレビ版では、今作の範囲内なら8話と27話がお勧めです。
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by nino84 | 2008-03-13 08:41 | 視聴メモ