本の感想などをつらつらと。


by nino84
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

『三四郎』

『三四郎』(夏目漱石、新潮文庫)を読みました。

熊本の高等学校を卒業し、東京の大学へと進学した小川三四郎。東京での学生生活をはじめた彼は、大学の池の縁で逢った女の姿に惹かれる。


久しぶりに本を読みました。何があったというわけではないのですが、本を読みたくなるスイッチというのがあって、それが突如としてOFFになることがあるのです。今回読んだ本を購入したのが前回の更新の2,3日あとのことで、その時点ですでにスイッチはOFFであり、ずっとOFFでありつづけたために結局こんなことになりました。ちなみに、今もスイッチはOFFだと思います。本屋にはいくんですけどね。

また、私にとっては本書が教科書以外で読む初めての夏目漱石作品です。その教科書で読んだ作品―『我輩は猫である』や『こころ』―は当然ですがさわりだけなので、全編を通して読んだ作品は『三四郎』が初めてということになります。入門作品としてどうだったのか、と読了してから思うのですが、まずは一作ということにしておきましょう。
読まず嫌いとか、そういうことではなく単にきっかけを逃しつづけただけなのですが、読まないままに成人を迎えてはや数年が経ってしまいました。乱読気味に読書している日本人にとってそれはどうだろう、ということで半ば駆られるように購入したわけですが、そのあたりの義務感が、夏目漱石に対する敷居を高くし、私の読書スイッチをOFFにしたのかもしれません。

余談が過ぎました。本書の内容について書いていくことにしましょう。
まず、読んだ感想をひとことでいえば、明治時代の恋愛小説らしい恋愛小説だな、ということでしょうか。夏目漱石の著作については、作品名だけは知っているものの、その内容はほとんど知りませんでしたから、こういう何も起こらない恋愛小説を書くんだ、というのが最初の感想でした。
男は積極的に女に近づくことをしない。女も同様で積極的に動くことはない。その結果としてかもし出される二人の間に流れる微妙な空気。それを男の目線でただただ感じられる作品だと思います。
『浮雲』(二葉亭四迷)や、『友情』(武者小路実篤)を読んだときと同じような感じを受けたように思います。

いま読むといっそまどろっこしいくらいの空気ですが、そういう空気が許される、むしろそれが等身大だった時代なのでしょう。そんな気がします。
現代の恋愛小説はあまり読んでいませんが、たとえば『阿修羅ガール』(舞城王太郎)で描かれる「まず行動!」という感じの恋愛は、『三四郎』で描かれる恋愛と対極にあるものだと思えます。。もちろん、価値観の多様化によって、なにが等身大とはいえない時代になってしまったなかで、私がたまたまそのような作品に触れているだけなのであり、現代でも『三四郎』的な恋愛は描かれているのでしょう。しかし、『阿修羅ガール』的な恋愛観が認められるようになった時代が現代であるという言い方はできます。

そんな現代に読む、まどろっこしい恋愛小説。最後に話を締めるために事件はあるのですが、ほんとうに何も起こらないので、そのあたりは覚悟した方がいいような気がします。『友情』のような三角関係すらないのだから、そりゃもう事件が起こる要素があまりにないのです。
ただ、文章は綺麗で、その描写はいいな、という場面は多い―描写が空気感を生んでいるのだから、ある意味で当然ではある―ので、そういうものを楽しむ作品かな、と思う。
[PR]
by nino84 | 2008-04-07 16:40 | 読書メモ