本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『機動戦士ガンダムUC 4 パラオ攻略』

『機動戦士ガンダムUC 4 パラオ攻略』(福井晴敏、角川書店)を読みました。

戦いに敗れたバナージは《ユニコーン》ごとネオ・ジオンの拠点<パラオ>に連行される。その頃、《ネェル・アーガマ》では《ユニコーン》を奪還するための、単艦での<パラオ>攻略作戦が始められようとしていた。


久しぶりに娯楽で本を読んだ。活字にはふれているのだけれど、こうやってただ楽しんで読むということができないので、こういう本を読む時間は貴重だと思る。

さて、本作は福井晴敏さんによる『機動戦士ガンダムUC』の4冊目になる。
<パラオ>で敵の生活の実情を目の当たりにするバナージ。こういう描写はガンダムシリーズでは定番ではある。とはいえ、連邦には連邦の、ジオンにはジオンの事情や理論がある。それが相容れないからぶつかり合い、戦争になる。それを端的に描くことになるのだから、やはり必要な描写なのだろう。

「革命ってのは一部のインテリが夢見たいな目標をもって始める。」
先導者がいなければ革命にはならないのだから、それはそうだ。かつてシャアはアムロにそういわれた。しかし、シャアの再来たるフル・フロンタルはそれをやろうとしている。賛同するものは納得してそれに参加するのだが、貧困にあえぐ人たちはその状況としての戦争・革命を受け入れるしかない。それでなければ生活ができないのだから。
状況としての戦争。そのなかで強く生きる人々への感情のおさめかたをバナージははかりかねる。その迷いはしかし、今回も少年らしいエネルギーをともなって彼を動かすことになる。

純粋なエネルギー。ストレートな感情。インテリたちはそれを善しとはしないが、同時にそれをうらやましくは思うもので、だからこそ《ネェル・アーガマ》は単艦での無茶な奇襲作戦を始めるし、若い士官―すでにしがらみの中でしか生きられないと考えていた―はオードリーを利用し、その父の威光さえもつかって現状を打開しようともがく。

とはいえ、バナージ自身はそのことを知らない。彼は戦場で出会ったマリーダの語るネオ・ジオンの理屈こそ直線的すぎるものだという。
強化人間マリーダ・クルスは一介の兵士であって、彼女はネオ・ジオンの理屈に従いこそすれ、それを唱えるものではない。当然、理論に柔軟性はない。その思いは拾ってくれたマスターへのものであるのだし、直線的になりもしよう。

そうした戦場での強い思いはサイコフレームによって拡大され、彼らの共鳴をよぶ。人の革新、互いに共感しあえる―あの描写を共感ととるかはかなり微妙ではあるが、一般にそういわれている―人。共感しあいながらも戦争という状況によって戦い、殺しあわなければならない人々。
アムロとララァ、カミーユとフォウ。理論がぶつかり合っておこる戦争で、局所的な交流で互いに分かり合えたところで戦争が止まるわけではない。止まるわけではないのだが、可能性は常に示しつづけてきた。しかし、それはやはり大きくなりすぎた組織の中での末端の出来事にしか過ぎず、末端で何度も同じ事が繰り返される。
人の革新とはかくも難しく、そして悲しい。
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by nino84 | 2008-05-04 23:00 | 読書メモ