本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『虚空の旅人』

『虚空の旅人』(上橋菜穂子、新潮文庫)を読みました。

女用心棒バルサに助けられて2年、新ヨゴ国の皇太子として生活を取り戻したチャグムは、隣国サンガルの新王即位の儀に招かれた。
その旅先で、チャグムは<ナユーグル・ライタの目>と呼ばれる少女と出会う。チャグムは生贄にされようとする彼女を助けようとするのだが…。



なんだかんだで課題も終わりました。読書のスイッチは入りっぱなしです。今回はいつオフになるのかしらん。オンになるタイミングで読みたい本が発売されるというのはなんなのでしょうね。
ちなみに、本作は<守り人>シリーズの4作目にあたる作品です。シリーズものも4巻までくるとすぐに世界に入り込めるようになり、ますます楽しい感じです。本作で新ヨゴ国の周辺の国々だけでなく、南の大陸の様子も描かれるようになってきて、世界がどんどんと見えてきて、世界に引き込む力がずいぶん強くなったかな、という感じを受けます。もちろん、巻を重ねていることで奥行きが出てきているという言い方もできるのですが、本策でスケール感がでてきたことが大きな要因でしょう。おそらく<守り人>シリーズの中で最も早く読みきった作品になったと思います。課題に追われていたはずなのですが、ノンストップで読みきってしまいました。

さて、本作ではチャグムの成長した姿が描かれます。
バルサに助けられ、そのことで市井の生活を知り、別の世界をも知ることになったチャグムは、しかし、それにのめり込むことを許されず、皇太子としての、天上人としての生活を強いられている。それはチャグムにはつらいことなのだが、皇太子としての役割も、その意味もわかっており、彼なりに皇太子として生きることを合理化してきたのです。
しかし、サンガル王国で別の世界に飲み込まれた少女に出会う。彼女にかつての自分を重ね、チャグムはバルサと過ごした日々を思い出し、そして自らがどうあるべきかを問い直すことになります。
王族とは血族であり、生まれたときから決められたものである。それをやめることはできない。自己決定感のないその運命は、自らで意味づけることが難しいものでしょう。
チャグムの父たる帝は決して市井を体験せず、ただ天上人として政を行うものとしてのみ育てられた。帝はその生き方しか知らない。帝として振舞うことは当たり前のことなのである。しかし、チャグムは違う。チャグムはバルサとの旅を通して、市井の人々と接し、彼らの考え方を知った。チャグムはそれを知ることによって、そうした生き方があること、そうした生き方を許される人がいることを知っってしまったのです。そしてチャグムはその生活に魅力を感じました。惹かれてしまったのです。それは彼にとってはある面でとても不幸なことで、彼の地位は変えられず、したがってその選択を知り、選びたいと思いながらも選んではいけない選択肢なのです。
そうした状況はチャグムをふさぎこませるに足るものでしょう。
そこへ来て、今回の事件です。チャグムは事件に巻き込まれたことで、バルサとの旅で見せた活発な側面を表し始めます。しかし、その一方で、世界をみることになり、国際的な政治を知ります。それはチャグムが今まで知らなかった天上人としての生き方の一面であって、彼はそうした役割を担う人間も必要であることを体験します。
市井の人のように自由に生き生きと生活することと、その生活を守るために彼らの上に君臨すること、彼にとってそれぞれが意味のあることになるのです。最終的に、チャグムはその二つのバランスを自分の取れる選択の範囲内でとろうと試みることになるのです。

今回は、このようなアイデンティティ再構築の物語として読んでみました。
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by nino84 | 2008-08-08 22:39 | 読書メモ