本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「うしなう」

「うしなう」(江國香織、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』集英社文庫収録)を読みました。

毎月第二水曜日の午後に、私たちはエビス・ボウルでボウリングをする。私と新村由起子と山岸静子、それに堤文枝の四人でだ。
押し花教室で出会った私たちは、そこをやめてしまっても、こうして集まって互いの話をするのである。



昨日は読書メモではありませんでしたが、今日からまた再開します。今日で短編集の5作目です。まだまだ先は長いのです。

さて、本作の主人公、「私」はサラリーマンの妻です。「私」は月に一度ボウリングをする仲間が3人います。
本作はそのボウリング場での会話にあわせて「私」の回想を挟みながら、展開していきます。結論から言ってしまえば、やはり「私」自身の人生についての問い直しが行われる作品なのです。

「私」は結婚9年目にして、「自分がもう夫に愛されていないと感じる。そして私自身ももう夫を愛していないのではないか」と思っています。「私」は、夫から、出会ったとき彼が不器用にでもアプローチしてきた時のような温かさを感じられなくなっています。時間の経過はそういうことがなくとも上手くまわる関係を二人の間に作り出したといえるのですが、それは感情としては満足できるものではないでしょう。
特に、「私」はこうして四人集まっている場面でそれぞれの話を聞いて、それぞれに頑張っている―子どもがいて、その子どもを介して交流があったり、あるいは子どもがいても夫婦の寝室に子どもの臭いが全くしなかったり―ことを知ることで、自分の生活を他の生活と比べてしまいます。他の人の生活にあって、「私」の生活にないもの。「私」の生活に欲しいもの。そんなものに目がいってしまうのでしょう。
その一方で、「私」は他の3人の体験してきた苦しいことにも目を向けます。夫が浮気をしているのではないかとの疑い。アルコール依存との闘い。かつての恋人の自殺――

それぞれがいまを頑張って生きている。そして苦しいことも何かしら経験している。そうした考えから、「私」は、「結局のところ、私たちはみんな喪失の過程を生きているのだ。貪欲に得ては、次々にうしなう」、ということに気づきます。

「私」が夫と結婚したのは、それを求めたからで、しかし、それによって出会ったときの感情は失われてくのです。それは選択によって関係性が変化しているからです。なにかを得ることは、選択することであって、逆にいえば、選ばれなかった選択肢は喪失として体験されるのです。
喪失は常に悲しいことで、特に年を重ねればその分だけ多くを喪失を体験しています。失われた可能性は多くなります。今の生活に意味づけが上手くできていないとすれば、選択しなかった選択肢の可能性を過大に評価し、より今の生活を貶めていくことに繋がりかねないのです。
また今の姿は多くの選択を重ねた結果ですから、大きな冒険―それまでの選択の流れから大きく外れた選択肢を選ぶこと―はできなくなっていきます。場合によっては、そのことが苦しさとなってくるように思います。
今の自分は認められない。しかし、今の自分を壊して新しい自分になることも怖い。そういう閉塞感を感じることはありえます。

では、「私」はどうでしょうか。人生は喪失の過程だと気づいたうえで、しかし、彼女はなにもしません。今の「私」が「私」なのだし、他人はそれぞれの生活を頑張っているのです。ただそうしたことに気づいてしまい、そういう目線で他の人の人生を見てしまうと、やはりどこかで同情を隠せず、人をみるまなざしはどこかで哀しげなものとなります。
文章は一人称で描かれていますから、そのあたりの哀しさがただよっているのかな、と思います。もちろん、それは「私」の特徴ではなく、本作の特徴、あるいは著者の特徴ともいえるでしょう。それでもこうした感覚が生まれてくるのは当然の感じ方だとは思います。


ところで、私個人的に喪失の過程うんぬん、というのがどこかで聞いたことのある言い回しで驚いています。どこかというのは、より専門的な本の中での話です。それとほぼ同じような話がこうして描かれているのは、それがやはり共通した認識として分かりやすいものだからなのか、それとも著者が題材として扱ったのか。すこし興味を惹かれる部分ではあります。一方で、私の今回の感想に関してはその専門書のいう喪失の過程に引っ張られており、この作品のいう喪失の過程と齟齬があるのではないかと、危惧もしています。
いずれにしても、具体的なレベルの話になっているので、あたりまえですが専門書とは違って読みやすく、面白かったと思います。
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by nino84 | 2008-08-15 01:31 | 読書メモ