本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック、浅倉久志訳、ハヤカワ文庫)を読みました。

最終世界大戦の結果、死の灰が降り注ぎぐアメリカ西海岸。そこで逃亡してきたアンドロイドを狩る仕事をしているリック・デッカードは、火星から逃亡してきた8人のアンドロイドの処理を目指す。


突然にSF。突然に長編小説です。ですが、映画『ブレードランナー』の原作ということで、有名な作品です。とはいっても、私自身は映画を観たことはなく、なぜかデザイナーのシド・ミード氏の名前を通して知っているだけです。SF映画ですから、結局マニアックな名作扱いになるのでしょう。

さて、本作の主人公リック・デッカードは、バウンディ・ハンターとして、逃亡し違法に地球に侵入してきたアンドロイドを狩っています。
最終世界大戦後、地球には放射能灰が降り注ぎ、人間、その他の動物を含めて多くの生物が死んでいきました。その結果、人類は火星などへの移住計画をすすめ、実際に移住を始めました。そして、現在、それを促進するために移民する者にアンドロイドを一体無料で提供するという政策をとっています。それでも、人間の中には地球にそのまま住んでいる者もいます。また、一方で、奴隷として人間に従うしかないアンドロイドの中には、逃亡を画策し、実際に地球に逃亡してくるものもあるのです。
アンドロイドは見た目では人間と区別できず、感情移入度検査など、特殊な検査をしなければ人間とアンドロイドを区別することはできません。そのために、地球には、多くのアンドロイドが人間にまぎれ、隠れ住んでいます。
そうした触法アンドロイドを処理するのが、バウンディ・ハンターとしてのリック・デッカードの役割です。

また、最終世界大戦後、多くの動物が絶滅し、極端に数を減らしたために、「本物の動物」を飼うことが人々のステータスとなっています。しかし、それらは、とても高価であり、手に入り難いため、多くの人は本物の動物と一見して区別のつかない電気動物を飼っています。リック・デッカードもその一人で、彼は電気羊を飼っているのです。

バウンディ・ハンターには、アンドロイドを1体処理するごとに高額の懸賞金が支払われます。8人のアンドロイドが逃亡してきたことを知ったリックは、その懸賞金で本物の動物を買うことをめざすのです。

最初、彼の目的は、本物の動物を買うことでした。そのため、アンドロイドを狩るのですが、この時点の彼にとって、アンドロイドはただの狩るべきものにすぎません。アンドロイドはものであって、いくら壊してもかまわないと考えているのです。
しかし、今回の逃亡アンドロイドはネクサス6型という最新型であり、それには今までの弁別テストの有効性が十分に証明されていません。したがって、人間かアンドロイドかを区別することが非常に困難であり、人間であるのに殺してしまう可能性が生まれてきます。
それでも、リックは、どこかで人間らしくない行動をしてしまう逃亡アンドロイドを次々に処理していきます。しかし、そうしてアンドロイドを処理していく中で、次第にリックのなかにアンドロイドへの同情という感情が生まれてきます。
アンドロイドはただ自由になりたかっただけであって、それをなぜ狩らなければならないのか。そうした疑問を感じたとき、リックはアンドロイドを狩ることに疑問を感じます。同時に、アンドロイドを狩っているバウンディ・ハンターの同僚に嫌悪感さえ感じ始めます。

本書において、人間とアンドロイドを区別する重要な要素は、感情移入すなわち同情の能力あるとされています。人間は同情することができるが、アンドロイドは同情することができない、それが区別の方法だったのです。しかし、アンドロイドもやさしさ、その他の感情を現すことができる―パートナーを殺されたときに悲痛な叫び声をあげる―のだし、人間も非常になる時だってある―マル特とよばれる放射能汚染者に対して、人間と思わなくなる―のです。
そうしたときに、人間とアンドロイドの区別はどこにあるのでしょう。見た目では区別できないそれらが、かつ感情でさえも時に区別できなくなれば、それらの区別に何の意味があるでしょうか。
人間もアンドロイド的になることがあるのだし、アンドロイドも人間的になることもあるのです。

もちろん人間がアンドロイドにさえ同情しうるということは、人間の特筆すべき能力でしょう。人間は人間だけでなくほかの生物やもの―アンドロイドに足を削がれていくクモ、アンドロイド、電気動物―にさえ同情しうるのです。それが人間を人間たらしめています。
しかし、アンドロイドもそれに近づいています。アンドロイドには、明らかに感情があります。それは動くということとは違うでしょう。あきらかに生きているように思えます。
人間として生きるとは、どういうことでしょうか。明確に結論は出せませんが、そんなことを考えさせる作品だったかな、と思います。
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by nino84 | 2008-08-29 12:49 | 読書メモ