本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「清貧譚」

「清貧譚」(太宰治,『お伽草紙』新潮文庫収録)を読みました。

私は,かの聊斎志異の中の一篇にまつわる私の様々の空想を,そのままかいてみたい。
むかし江戸,向島あたりに馬山才之助という男が住んでいた。ひどく貧乏である。菊の花がすきであった。佳い菊の花は,どのような無理算段をしても,必ず之を買い求めた。
沼津からの帰り道,才之助は美しい少年と出会った。



久しぶり…でもないかもしれないですね。また,短編に戻ってきました。忙しくなると,まとまった時間がとれないために,長編を読む気がなくなります。

さて,本作はあの太宰治の作品です。『お伽草紙』は,戦争期に書かれた作品で構成されており,いずれも日本や中国の古典にその原典をもっています。そのような系譜の太宰作品は,『走れメロス』や『右大臣実朝』などを以前読んだことがあるように思います。
また,『初心者のための「文学」入門』(大塚英志)で,太宰治は終戦後の作家ではなく,むしろ戦争期の作家なのだと指摘していたように思います。したがって,本作は,そんなもっとも安定していた時期の作品といえるのでしょう。そんな先入観―戦争という特殊な状況でのみ,自己をいきいきと語ることができた―があったために,どうしても戦争と作品とを結び付けたくなってしまいました。本作のテーマも,清貧であることの美徳と読めるものであり,戦争期と結び付けやすいものであったということももちろんあったと思います。しかし,こうしたテーマの作品を戦争期に書いているということが,意識的にしろ無意識的にしろ,なんらかの意味があると考えることができましょう。

一方で,自分が愛でている菊を売ることを良しとしない才之助は,芸術家のありようとして読むこともできます。しかし,こう読んでしまうと,本作はなんの答えも呈示してはくれない様に思われます。才之助は,結局,自分で菊を売るということは拒みながらも,苦しい生活に耐え切れず,菊を売って生計を立てている少年の援助を受け入れるのです。
彼の正体を知れば,鶴の恩返しのように読めなくはないでしょう。ただし,鶴の恩返しのおじいさんは決して芸術家ではありません。懸命に今日を生きる人でした。才之助は違います。彼は菊に生活を捧げる人であって,自分の意思でそうした生活をしている人です。そのような人が菊を売って稼いだ人からの援助を受け入れるということは,結局のところ,芸術家がその魂を売ってしまうということです。
このようなテーマを書くということは,芸術家はその魂を売るべきでない,という意識が,多かれ少なかれ,太宰には,あったと考えられます。それを考えた上で,この作品の結論は,しかし,生きるためには仕方ないではないか,と訴えているに過ぎないように思えます。これでは,芸術はもはや成立しないということを述べているのです。

そんなことをわざわざ描くでしょうか。自らがもはや敗北した,ということを描くでしょうか。もちろん,「太宰だから,書く」といえなくはないのかもしれません。しかし,本作を読む限り,その敗北からくるような悲壮感は伝わってきません。

したがって,やはり,清貧であること自体に意義を見出すべきだと考えます。清貧たれば,いつか報われる時がくるのだ,ということを描いていると考えた方が,個人的には腑に落ちます。ここに芸術家ということを加えてしまうと,結論がどこか腑に落ちません。しかし,ただ高潔な魂をもつ人が,最後に報われるということであれば,それはそれとして読めます。
戦時中の統制は,自分たちが進んで我慢して受け入れている貧困です。それは国の意思でもありながら,自分の意思でもある貧困です。もちろん,統制を始めることは,国の意思でしょう。しかし,愛国心が自分の意思を国の意思と同じである,としていくことはありえると思います。国が勝つためには自分の意思で我慢するのです。そのような高揚した心がなければ,戦争になど勝てません。戦っているのは,国同士というよりも,人と人なのですから,その人一人ひとりの心性は重要です。
本作に戦いは出てきませんが,才之助の状況は,戦時中の人々の状況です。欲しがりません,勝つまでは。もちろん,才之助がなにかに勝つわけではありません。しかし,あらゆる誘惑に負けずに才之助は清貧たろうとします。そうすること自体に,才之助は意味を見出しているのです。こうした才之助の姿に,戦時中の人々が自分たちの姿を重ねるのは容易であるように思われます。このプライド,この気高さこそが美徳なのだと訴えているように思います。


さて,ではこれを日本が戦争をしていない時代に生きている私はどのように受け取るべきでしょうか。私は,ただ,戦時下では人はこのような心性にまで持っていかれてしまうということを感じるだけです。本作は美しい作品であるからこそ,こうした心性が美徳化していたことを強く感じさせます。一種のトランスともいえるそれは,非常に恐ろしい。
本作は,国という大きなものの意思が描かれず,ただ個人の意思のレベルでのみ描かれているともいえます。したがって,現実と比べたとき,意識できていない部分が本来はあるはずなのに,それがなく,個人の意思であるかのように見えてしまいます。それが非常に恐ろしいのです。
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by nino84 | 2008-09-12 15:59 | 読書メモ