本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「お伽草紙」(浦島さん)

「浦島さん」

前回に引き続き、「お伽草紙」(太宰治、『お伽草紙』新潮文庫収録)の感想です。今回は「浦島さん」ということで、かの有名な昔話、「浦島太郎」を題材としています。

本作も「瘤取り」と同様に、「浦島太郎」という本来子ども向けの作品を大人も読めるようにアレンジされています。それは竜宮城の描き方など様々なところでうかがうことができます。
子どもにとって分かりやすい理想郷というのは、遊園地のように、賑やかであり、煌びやかであり、豪華な世界でしょう。したがって、本来の竜宮城はそのように描写されます。すなわち、鯛や平目が舞い踊り、豪華な食事が振舞われ、乙姫は愛想よく客人を出迎えるのです。
しかし、そんな世俗的な振る舞いを、仙人たる乙姫たちはするのだろうか。昔話の豪奢な振る舞いは、仙人譚で描かれるような仙人の暮らしとは全く異なるように思います。仙人は、心の平安をこそを求めて暮らしていることが自然なことのように思われます。

本作の浦島は、冒険を嫌い、その品位をひとに認められたら満足、という人です。そして、本作の竜宮はまさしく、仙人の郷であって、なにか豪奢なものがあるわけではありません。深海にあり、なにから目を隠す必要もないために、壁さえもないのです。さすがに浦島もこれには驚き、抵抗を覚えます。
また、「なにをしてもよい」といわれるのですが、そこにはなにもないのですから、なにかしようにも、なにもしようがないのです。乙姫もなにをするでもなく、ただ琴を奏でます。「聖諦」というその曲は、しかし、浦島に自分の思う風流の底の浅さを気づかせたようでした。
自由に食べられ、寝られる。それでなにが困ることがあるのでしょうか。そのうえ、どこに行こうにも自由なのです。しかし、それ以上のものを求めるから、人の心は波立つのだし、いろいろな悩み事が生じるのでしょう。そうしたものを諦める。しかも、それを無念に思わない。未練を残さない。「可憐で、たよりない、けれども…(中略)…気高い凄しさがその底にながれている」そうした「聖諦」の心こそが、真の心の平安に繋がるのでしょう。

しかし、やはり人は飽きるもの。浦島はやはり、あのお土産をもらって、地上に帰るのです。浦島はやはり人で、仙人ではないのです。達観はできなかったのです。そして、地上で散々迷った挙句に、お土産をあけ、年をとるのです。
太宰はこの最後の部分に疑問をもちます。なぜ乙姫はこのようなものをあたえたのか、と。たしかに本来の昔話でさえ、この部分の展開は不可解です。助けた亀の恩がえしにと竜宮に招待されて、明けるないうお土産を渡され、帰ってみれば家はなし。なぜ、乙姫はあのようなお土産を渡したのでしょうか。太宰の考えは作品を読んでいただければ分かりますので、詳しくは書きません。太宰はここに慈悲の心をみます。「年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである。」ということのようです。

たしかに、竜宮での生活に飽きてしまった、すなわち最後まで仙人とはなれなかった、浦島にとっては、人間としてまっとうに生きられることは幸福でしょう。仙人たれなかった、落ちこぼれでなく、人間として年老うことができたというのですから。こう読めば、この部分は昔話の慈悲でありましょう。
ところでこの作品、昔話に定番のなにかしらの教訓というと、難しいように思います。「約束を守れ」というのは、無茶な話です。状況を考えたら、そんなことをいっている場合ではない。浦島にすがるものは、お土産しかないのですから。
そんな状況で、お土産に解決策を見出さないものは、もはや人として正常な感覚を持っていないとも思える。それを諦めることができれば、浦島は仙人たりえたと思えます。しかし、彼は竜宮の生活に飽き、地上に帰ってきています。したがって、やはり人間なのです。人間には所在が必要です。浦島が、その所在を見つけられる可能性があるものは、つい先ごろまで所属していた竜宮という世界のお土産しかないのです。
村から一度抜けたら、もはやとりかえしはつかない。そんな教訓しか思いつきません。

ちなみに、「浦島太郎」には、浦島が年老いてから続きがあります。本作では採用されていませんが、浦島は最終的に鶴になり、そしてどこかへ飛び去るのです。この終わり方では、慈悲はないでしょう。浦島は仙人でも人間でもない半端者で、竜宮へいったことによって、決して人間に戻ることはできなくなっているのです。やはり浦島に所属はありません。
先ほど考えた教訓もそうですが、こう見ると、昔話は、はみ出し者には厳しいように思います。たしかに、それを救済しているとみえなくはないですが、そこまでの展開は果てしなく厳しいものです。ここまでくると、慈悲、というよりもなさけ位に言いたくなります。


次回は、「カチカチ山」です。
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by nino84 | 2008-09-14 12:50 | 読書メモ