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本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『AMEBIC』

『AMEBIC』(金原ひとみ、集英社文庫)を読みました。

ある日、錯乱していた私は「アミービック」というタイトルの錯文を書き、それを編集者である彼に送ってしまった。彼はそれをみても特になにも言わなかった。彼の彼女は私に「彼を共有しよう」と訴える。私は、次第に分裂していく自分を感じながら、なにが分裂し失われたのか分からない。


大江健三郎さんを一旦お休みし、長編の感想を書こうかと思います。『蛇にピアス』で芥川賞を受賞した、金原ひとみさんの作品です。

さて、本作の主人公は、摂食障害気味の女性作家です。彼女は時に錯乱し、パソコンに錯文を書きのこします。「私」はその錯文を私の一部だと考え、誰にも見せないようにしますが、ある時、編集者である彼に錯文を送ってしまいます。
「私」が書き残す錯文は、彼女になにかを伝えているようでした。しかし、すでに分裂し、分離してしまった「私」の部分であるであろうそれは、「私」には理解できません。そんな「私」の一部を人に見られるということは、非常に抵抗のあることでした。しかし、彼はそれほど動かされたという様子を見せませんでした。そのために彼女は一旦、安心するのですが、それでも錯文は日々かかれていきます。そして、次に彼に会い、自宅に帰ったとき、自分というもの―からだの各部分や、感覚―が、バラバラになってしまうのでした。

一昔前の作品は、神経症的な作品ばかりで、主人公は自我を保ち、その現実検討識がある自我でもって、自らの課題を扱っていくというものが多いように思います。しかも、その課題は、どうやって現実―それが恋愛であれ、学校や職場や友人といった社会的な場面であれ―と折り合いをつけて自分を表現するか、向かい合っていくかといった、現実的な課題が多い印象を受けます。
本作は、そうした作品とは別の水準にあるように思えます。「私」は摂食障害ということで、人格の水準はよくありません。作中、「私」は自我を保てず、現実検討識を失っていきます。本作で起きているのは、自我の崩壊です。ひとりの人間が分裂し、解体していく姿を描いています。もちろん、解体していってしまう人たちが、実際に「私」のような世界を生きているかは、当たり前ですが、分かりません。ただし、描こうとしているのは、そうした解体してく人たちの思考過程なのでしょう。

良い悪いではなく、こんな時代になってしまったのだな、としみじみ思います。神経症の時代は終わってしまったのだな、と。神経症は、ある意味では解決できることが明らかになりすぎました。そのために、その水準のことを描いても、すでに解決できること―その方法は様々あるとは思いますが―は目に見えているのです。しかし、本作の問題はいまだ自分でどう対処できるかわからないところにある問題です。そして、その人たちがなにを考えているのかも、いまだ分からない問題です。
金原さんがそういう水準の人だという話は聞きませんから、「私」が感じていることは、なんらかの取材はしているにしても、想像でしょう。だから、一連の描写が正しいかどうかは分かりません。しかし、こうした作品をたたき台にすることはできると思えます。

心理学的な興味が前面に出て読み勧めてしまいました。
by nino84 | 2008-12-23 00:33 | 読書メモ