本の感想などをつらつらと。


by nino84
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カテゴリ:視聴メモ( 38 )

『象の背中』

『象の背中』を観ました。

不動産会社部長、藤山幸弘(役所広司)は医者から末期の肺がんであり、このままでは余命はあと6ヶ月であると宣告される。彼はそのことを長男だけに伝え、できるかぎり今まで通りに、生きることを選択した。


情報源はほぼポスターのみという、びっくりするほど事前情報なしで観てきました。ので、出だしが一番びっくりしました。あぁ、そういう話なのか、と。そこからなのか、と。

『死ぬ瞬間』(E・キューブラー・ロス)という著作があります。がんを含めた末期患者への面接から、"死に至る"人間の心の動きを記述したものです。彼女は死を、特定の瞬間でなく、長い過程であるととらえ、人生の最終段階を記述します。
死の過程は致命疾患の自覚の瞬間から始まります。その瞬間、患者はショックをうけ、それを信じようとしないのだそうです。もちろんその期間には個人差があり、面接調査の結果をまとめると、数秒で終わるものから、数ヶ月続くものまであったようです。その後にはさまざまな形での怒りや憤りが表出されるといいます。この段階のうちにも、時に自分の状態を否認したくなるようなこと画起こりうるともされています。さらに、こうした段階をこえると、抑うつの段階に移り、最終的な受容の段階の足がかりとなるといいます。
著者はこうした段階は入れ替わることはなく、時に段階がもどったりはするものの、ほとんど先述の順序で現れるといいます。

さて、本作ですが、こうした死の過程を―特に後半の部分を―丁寧に書いた作品であるといえるでしょう。
主人公、幸弘は医師の宣告を受けた瞬間、呆然とし、それを受け入れられないという表情を見せます。その後、彼は気持ちの整理のため、自らが手がける開発計画の計画地を訪れ、そこで内省をします。結局、彼は延命治療を受けないことを固く決心し、長男にだけ病のことを話し、妻にさえ隠しながら、普段通りの生活をしようと試みます。これを否認とみるのか、受容とみるのかはかなり微妙なところではあるのでしょうが、当初は否認であったようですが、その決意は次第に受容にと移ってきているように思えました。
僕が受けた感覚なので、なにか決定的な証拠があるわけではないのですが…。

ただ、細かなタイミングがどうであれ、彼が過去に会いに行こうという決心をした段階ではすでに受容の段階にあったと思えますから、受容の段階まで比較的早くたどり着いているように思いました。作品のメインは受容の段階にある人がどのように自分を受け止めているか、という部分のように感じましたので、中心をはっきりさせるためには良かったのではないかと思います。

役所広司の演技がすごかったです。すごい迫力でした。


ところで、幸弘の愛人の存在にいまいち意味が見出せないのですが、なんだったのでしょうか。幸弘とその父を重ね合わせる状況が―あるいは設定が―作りたかっただけ、というのではないように思いたいのですが、それ以外になんだというのでしょうか。正直、対人関係の構造が分かりにくくなるので、彼女はいなくても良かったのではないかと思いました。
もちろん個人的にそういう形の恋愛は分かりかねるというのもあるのですが。


……

ひさしぶりに視聴メモを書きました。DVDではなく、映画なので、見返すことが出来ず、消化できていない部分―主に愛人のからみ―がなくはないのですが、過程としての死の段階を描いているという部分が中心にありますので、あまり大きく評価は変わらないかな、と思ったります。
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by nino84 | 2007-11-02 01:35 | 視聴メモ
『ジョジョの奇妙な冒険 ファントム・ブラッド』を観てきました。

19世紀、イギリス。ロンドン郊外に住むジョースター卿は恩人の息子であるディオ・ブランドーを養子として迎える。しかし、ディオはジョースター家の乗っ取りを考え、卿をひそかに毒殺しようと画策する。だが、その企みは卿の実子であるジョセフ・ジョースター(ジョジョ)によって暴かれ、彼の命運は尽きたかと思われた。しかし、そのときディオは古代アステカの民の遺産である「石仮面」を被り、叫ぶ。「俺は、人間をやめるぞ!」
ディオを人外の存在にしてしまった責任を感じたジョジョは、彼を倒すために旅立つ…



男性1000円デーということだったので、思わず観てきました。
それにしても、改めてストーリーを追うと、かなり悲惨な話なのを再確認させられます。また、時間的な都合もあるのでしょうが、ジョジョとディオの対立のみに焦点が絞られ、関係がわかりやすくはなっているように思います。

ただ、そのような編集の結果、魅力的なキャラクターが全く登場しなくなってしまったのも事実で、そのあたりは少し納得がいきません。スピードワゴンは陰も形もありませんし、ブラフォード、タルカスの二人は原作を読んでいない人にはその存在が認識できない状態になっています。他にもストレイツォたちがいなかったり…。主に時間的な制約からでしょうから、仕方のないことではあるのですが、少し残念ではあります。
カルタスがその他大勢の一人になってしまったことで、ツェペリさんの運命をどうするつもりなのかと思いましたが、かなり力技で実現させていました。が、なんだか違和感はありました。

原作20周年、しかもあえて第一部の映画化なのですから、メインターゲットは大きなお友達、原作ファンのはずなので、時間がないなりにブラフォードたちはちらっと出してみたという感じなのでしょうか。でもそんな扱いなら、いっそいないほうが良かったような気がします。
第二部の映画化は特に聞かないので、そういう意味ではスピードワゴンやストレイツォがいないのは、まぁ、仕方ないかなと思えます。こういうあきらめ方が出来るので、特にブラフォードたち二人が出てきた意味がわからないな、と…。


全体的には、登場人物を絞るなどして、かなり簡潔な物語になったな、というのが印象ですが、それに加えて、荒木さんの絵や擬音がどれだけジョジョの世界を構築するのに役立っているのかということを強く感じました。アニメ絵だと首が飛ぶ等の演出から、どうしても『北斗の拳』と被ってしまうんですよね。特に第一部は素手で単純に素手での殴り合いが多いですし。
キスされてズキューンとか、頑張ってその雰囲気を出そうとしていたようですが、音楽ではやっぱり文字の印象に勝てないという感じでした。
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by nino84 | 2007-02-27 17:13 | 視聴メモ
『超機動要塞マクロス ~愛・おぼえてますか~』を観ました。

マクロス、それは艦内に居住空間を持つ大型の戦艦であり、連絡の取れなくなった地球へと帰還する途上にあった。人類はゼントラーディと呼ばれる巨人たちとの戦闘状態にあり、マクロスも巨人たちと幾度となく交戦を繰り返した。
そんな航海のさなか、マクロスの戦闘部隊の一員であった一条輝は巨人たちとの戦闘のなかで、アイドルであるリン・ミンメイの命を救う。マスコミは彼らの恋愛を取り上げ、彼らは一躍時の人となる…



TVシリーズを再編集して劇場版に仕上げたものなので、展開がはやく、状況を把握するのが難しい部分もありますが、全体としてのテーマは損なわれはいないと思います。また、劇場版であるために、作画はとても綺麗であり、そのうえよく動きます。その部分だけをみても十分に楽しめる作品だと思えます。
物語と作画、その2つの要素がとても高いレベルで安定しており、見ごたえのある作品だと思います。

さて、物語という部分からさらに評価を加えていきたいと思います。この作品では、マクロな視点で、人類が戦争に勝利することが掲げられています。その一方で、ミクロな視点でとして輝とリン・ミンメイそしてもう一人の女性を中心にして展開される三角関係の恋愛に対して輝がどのような結論を出すのかということも掲げられています。
そんな中で、マクロな視点の中でもアイドル、リン・ミンメイが担う役割は非常に大きなものであり、彼女を中心に据えることで二つの視点が上手くリンクしているように思います。

また、作画という部分から見れば、ヴァルキリー(マクロスに搭載されている戦闘用の機体)が画面を縦横無尽に動きまわる姿は圧巻です。ヴァルキリーが戦闘機と人型、そしてその中間の形態を自由に取ることが可能であるという機体のため、戦闘機のスピード感と人型の力強さ、その両方を見ることが出来ると思います。『ガンダム』も好きなのですが、MSでは本作のようなスピード感はなかなか出せるものではないと感じます。
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by nino84 | 2007-02-15 15:18 | 視聴メモ
『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』を観ました。

2000年春、ネット上で突如として生まれたデジモンは急速に成長し、世界中のデータを荒らし回り始めた。少年達はそのデジモンを倒そうと試みるのだが…


最近『時をかける少女』で話題になった細田守監督作品です。むしろ、『時かけ』以前はこちらが代表作であって、これがもとで村上隆が手がけたルイ・ヴィトンだかのプロモーション映像の監督に抜てきされたとか聞いたことがあります。
そのプロモーション映像をテレビで観たことがあるのですが、今作の電脳空間の表現にかなり類似している部分があるように思います。そういえば村上隆、最近みないなぁ…。僕がテレビをみないだけだろうか…。

さて、作品のはなしに戻りましょう。今作はわずか40分という短い作品ではあるのですが、上手くまとめられた分かりやすい作品なのではないかと思います。
副題の「ぼくらのウォーゲーム」、英語では「CHILDREN'S WAR」ですが、このタイトルに違わない、まさに僕ら、子どもたちだけの戦争が上手く描けていると思います。ネット上に存在するデジモンを倒そうと焦っている子どものすぐ近く、扉一枚隔てた場所でお母さんがケーキを焼いている。ふと振り向けば全く普通の生活が行われているなかで、子どもたちは戦っている。そこにあるのは子どもの世界であって、大人達はその危機に気づかない。
『時かけ』でもそうでしたが、細田さんは普通の生活を描くのが上手いな、と思います。なにか事件が起こっている裏側ですすんでいる日常、それを描くのが上手い。『時かけ』では薫、今作では太一たちの身に事件が起こっているんだけど、その身近にいる母や友だちはそれに気づくことはなく日常の生活を送っている。そうやって日常があるからこそ、非日常が浮き立って、よりぽい感じが出てくるのだと思う。
以下、長々とその対比を書いても良いのですが、ただ長くなるだけなので割愛します。でも、ホントに上手いですよ、演出。

それから、基本的な問題提起として2000年問題みたいなものもあったんではないかと、今更ながらに思います。ネット上で生まれたデジモンは現実世界には決して出てこないのだけれど、電話が繋がりにくくなったり、交通網がマヒしたりしてしまう。僕たちの世界が今どれだけコンピュータに頼っているのか、そのあたりへの警告でもあったのでしょうか。最近では『ロックマンEXE』がこのあたりのテーマだけで何年もゲームやらアニメをやってますね。テーマとしては最近ありがちなテーマなだけに、今作ではそれ以外の部分に目がいったりしました。
この点については、2000年当時、リアルタイムで観たらまた少し違った感想になったのかもしれません。子どもに伝わりやすい2000年問題の描き方って少なかったような気もしますし。
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by nino84 | 2006-11-20 00:17 | 視聴メモ
『カウボーイビバップ 天国の扉』を観ました。

スペースカウボーイ―宇宙を飛び回る賞金稼ぎ―。そんななかの一人、フェイはハイウェイをタンクローリーで走る賞金首を追跡していた。しかし、その車はハイウェイの途中で突然停止し、運転席からは、追っていた賞金首ではなく、まったく別の男があらわれた。その姿をフェイが確認した直後、タンクローリーは爆発した。その混乱のなかで、男は姿を消してしまう…
結局、その爆発は周囲3kmに渡って人々に原因不明の症状を引き起こした。果たして男の正体は、目的はなんなのか…



うまくまとまりませんでした。主人公の名前でてこないし…。

え~、とにかく、この作品はTVアニメ『カウボーイビバップ』の映画版です。TV版はスパイク、ジェット、フェイ、エド、そしてアインの4人と1匹が宇宙を飛び回りながら、様々な事件に遭遇するというお話。今作も、彼らが事件に巻き込まれるという構図は変わらず、色々やってくれます。

個人的にはストーリーを無視して映像や音楽だけで楽しみたい作品です。
舞台は火星ですが、そのモデルはおそらくニューヨークなのでしょう、OPなどを観るとそれを強く感じます。町並みとか、人種とか。後者について言えば、ここまで民族色が強い―登場する人物の人種、民族がここまで多様である―作品はなかなかないと思います。それが登場する人物に幅を持たせていて、面白い。
また、映画レベルのクオリティーですから、動きや書き込みが細かい。先にも言ったように、映像と音楽を楽しむ作品だと思いますので、その辺りはかなりいい。制作にサンライズでなくボンズの名前があったのが、謎ですが、クオリティーが高ければ問題ありません。気にしません。
それに、音楽もよかった。ここまでヴォーカルのついたBGMを使った作品はないんじゃないでしょうか。それがよく場面にマッチしていたと思う。

全体的に、この作品にしかない色が強い。それが一番出ているのが、映像とそれに合わせる音楽なんでしょう。

ストーリーに関しては…、まぁ、いいんじゃないでしょうか。基本的にキャラクタの性格ありきで話が進んでいくので、「成るようになる」感が強くそこまで奇抜なものという印象はない。そういう意味でも、それ以外の部分を楽しむ作品なのかなと感じたりします。
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by nino84 | 2006-09-20 18:29 | 視聴メモ
『機動戦士Zガンダム3 星の鼓動は愛』を観ました。

宇宙世紀0087、当初ティターンズとエゥーゴの内戦だったはずの争いは、木星帰りの男シロッコの参戦、さらには一年戦争で破れたジオンの残党とその指揮を執るハマーンの出現によって、混迷の度を増すばかりであった。
シロッコはティターンズにつき、ハマーンの動き如何で、戦況が決まりかねない事態を迎えたエゥーゴは、ハマーンらジオンの残党との交渉の末、彼女らと一時的に協力しあうことを確認する。それでも事態の終わりは見えない…



祝、DVD発売。
映画館にも観にいったのですが、戦局の変化に理解が追いつかないという混乱をきたして、感想を書くどころではなかったので、DVDで観なおしてこうして感想を書いています。

ティターンズ、エゥーゴ、アクシズ、ジュピトリスとそれぞれの陣営が最終的な勝者になるためにいろいろと政治的に手を尽くしてくる序盤から中盤にかけてのやり取りは、本当によくまとまっているなと感心します。
ティターンズは地球圏での実権を握るために、ジュピトリスを取り込み、そのうえでアクシズも引き込めればよいと考える。ジュピトリスはティターンズについてティターンズ自体の乗っ取りを考える。エゥーゴは打倒ティターンズが基本的な目的ではあるものの、その達成のためには戦力が足らないからアクシズに交渉を申し込むしかない。一番の傍観者となっていたアクシズはザビ家とジオン国の復興を目的とするから、それを条件にして各陣営と交渉をし、参戦するならばできるかぎり有利な条件のもとで動きたい。
しかも現在のパワーバランスが崩れればまた各陣営が独自に動き出す気配を見せるから、大混乱である。

また、こうした大局的な動きの他に、この作品が群像劇という性格をもっているから、人の感情や、成長も描いていくことになる。なんとも要素が多い。
そんななかで、カミーユが確実に成長しているのを確認できることはすごいことである。開戦当初、親を人質に取られたことに逆上して動いていたカミーユが同じようなことをしているカツを説得する。その行動に違和感がない。
それだけの経験をカミーユはしてきてるわけで、自分の感情と戦局は別物だと言うことを理解できるだけの分別、あるいは割り切りなのかも知れないが、ができるようになってきていた。この点に関しては今作のなかでも彼は成長しているように思う。同僚の戦死であったり、裏切りであったり、そうしたことも経験してそれが彼をまた成長させている。
こうした要素を限られた枠の中で同時に描くことができるのはなかなかないだろうと思う。それがこの作品のすごい所なのだろう。


いずれにしても、今回はずっと戦闘してましたね。序盤の権謀術数を用いた交渉ごとがとても長いイメージがあったんですが、なし崩し的に大規模戦闘になっていくので、ずっと戦っている印象が強いですね。
カミーユたちパイロットがゆっくりしている場面はケーキ食べてた時くらいじゃないでしょうか、あとはずっとなんかやってるって感じでした。テレビ版を観たうえで、2度目の映画版だったのでそれなりについていけた気でいるのですが、一見さんには状況の推移が忙しすぎてハードルが高いとも思えます。


ちなみに、映画が公開されるたびに問題になる旧作画と新作画の切り替えですが、なんかもう慣れました。全く問題ありません。


最後に余談ですが、ラストシーンのサエグサ役割が面白かった。初めて観たとき突然なにを言い出すのかと思ってしまいましたが。
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by nino84 | 2006-08-26 14:33 | 視聴メモ
『時をかける少女』を観ました。

記事をほぼ書き終えたところで、PCがフリーズしました。導入部分をまとめる気力が消え失せました。代わりに公式HPで勘弁して下さい。小説を下に敷いているということで、特に序盤は同じような流れです。
それでも簡単に説明すると、理科実験室で物音を聞いて、その原因を探る途中で何かが起きる。で、その後で事故にあってまさに死ぬ、という瞬間に気がつくと別の場所にいる…なぜ?という感じでしょうか。

序盤はかなり軽いノリで作られているのですが、主人公である真琴がタイムリープでできることと、その限界を知ることで、話が終盤に向けてシリアスになっている。うまく流れに乗ることができて、引き込まれていく感じでした。
観たあとに、なんだか恋がしたくなりました。ただ、僕の冷静な部分が、20歳すぎて恋に恋をしてるのはどうなのか、と訴えていました。


Time waits for no one. 時はだれも待ってくれない。だからこそ、思い立ったが吉日。でも、それを気づくのが難しい。だから、( ゜Д゜)ハァ?とか言える。
でも、真琴は普通とは違う形で時間と向き合ってきたから、それが痛いほどよく分かる。タイムリープで過去に行くことができる、つまり時間の一回性が否定できうる、そういう立場にいたのに、それでも、いやだからこそ、時の大切さを感じる。
真琴の視点で見ている僕も、それを感じることができたように思います。で、だからこそ、いま(すぐにでも)、会いにゆきます。という気分にさせる。


以下すこしネタバレしていますので、読む際はご注意を(上でもしてるじゃないかといわれると困りますが)。

小説とのリンクも多少してあって、そのあたりは原作を読んでいたからこそ楽しめました。映画の中で、『時をかける少女<新装版>』の表紙に使われているのと同じ絵(というか…)が使われていたりします。ってか、そのつながりで、芳山という名字の意味が分かる原作既読者は問題ないですが、原作を読んだことのない人が、突然タイムリープのことを話し始めるこの魔女おばさんをどう思うかが少し気になります。
ちょっとつかみ所のない人、という性格づけはしてるみたいだったので、そういう人なのかな、で終わるのでしょうか?

あと、細かい話ですが、劇中の話を聞いている限り、タイムリープの設定は変わっているように思います。タイムリープの設定はもちろんですが、それをとりまくルールも多少違っているようです。そういうのはありなんだろうか。そもそも芳山さんはなぜ原作で失ったはずの記憶を持っているのか…。
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by nino84 | 2006-08-24 23:59 | 視聴メモ
『ダ・ヴィンチ・コード』を観てきました。

以前読書メモを書きましたが、今回は映画を観てきました。文庫本を友人に貸していて、手元にないため、正確にどこが抜けているかを指摘するのは難しいのですが、随分頑張って肉抜きしていたと思います。
よく2時間半に収まっています。

以下ネタバレを含みます。原作の記憶が曖昧なので、正確かどうかはわからないですが、原作と違ったシーン、カットされたシーンを思い出せる限り思い出してみる。

・ルーブル美術館のトイレで石けんを投げるシーン(?)がない(少なくとも石けんに発信器を埋め込むシーンはなかった)

・発信器を投げた後、ラングドンらは『モナリザ』から迷わず『岩窟の聖母』に行く

・暗号を残したのはフランス人にもかかわらず暗号が英語。その理由が描写なし

・ラングドンらが北駅で切符を買う描写がない。警察のセリフで補完

・クリプテックスが2重から1重になった

・リー宅へ向かうか向かわないかを決めるゴタゴタが少ない

・リー宅で盗聴器(受信側)が発見される描写がない

・上のいくつかのカットの理由にもなるが、暗号の2重性が失われている

・テンプル教会に入るのにゴタゴタがない

・イギリスで図書館に行かない

・黒幕が観客に露見するタイミングが早い

・ニュートンの墓のある教会(名前忘れた…)へ入る際の荷物検査はない(=拳銃持ち込み放題)

・上記の教会を訪れたとき、教会内でリーを心配する描写が少ない(観客がすでに黒幕を知っているためだと思われる)

・「メロヴィング朝の血を引いていることが、すなわちキリストの血を引いていることになる」ということについての説明がない

・ソフィーの両親のみならず、兄も死んでいる

・ソニエールはソフィーの実の祖父ではない(原作は実の祖父だったと記憶。うろ覚え)

・ラングドンとソフィーの事件後の身の振り方

・ラングドンのあだ名(「ハリスツイードの…」は決して出てこない)

・ただし、一度前作の事件を示唆するセリフがあった(ラングドンがソニエールに呼ばれた理由をソフィーが「その筋の専門家だから?」と問いかけたあとで、ラングドンが「世間では有名…うんぬん」というセリフがあったハズ。うろ覚え)


思い出せる限りで、思い出してみた。書き上げてみると、意外と多いことに気がつく。これだけ整理されているから、原作以上のスピードで物語が進む。それは原作の雰囲気を再現しているといえるのだが、謎解きを一緒に考えるという感じの映画ではない。一方的に押しつけられる感じになる。それが必ずしも悪いというのではない。時間的な制約もあるし、映像の特徴もある。全体的に観れば、良くまとまっていたと思う。

ただし、全体的に薄くなった印象はぬぐえないので、読めることなら原作を読むことをおすすめする。ちなみに、読んでからでも十分に楽しめる映画だと思います。
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by nino84 | 2006-05-30 01:32 | 視聴メモ
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』(全10話+ラスト・リゾート)を観ました。

一年戦争当時の局地戦を描いた作品です。…が、これ舞台どこ?アジアということだったけど、ジャングルの奥地に住んでるゲリラが、砂漠地帯までバイクや馬で来られる地形ってどこなんでしょうか。また、ジャングルのすぐ近くに針葉樹林帯ってのも少し違和感を感じました。東南アジアには雪かぶるような山ってあっただろうか…。東アジア、西アジアはジャングルがなさそうなのですが…。
とはいえ、様々なタイプの局地戦を描きたいという理由があって、実は宇宙世紀になって気候変動でこうなりましたと言われてしまえば、それまでですので、気にしないことにしましょう。

また、局地戦ということでミリタリー色が強く、MS以外も意外と活躍するということで戦闘は楽しめました。地上戦で大まじめに音を感知して戦うというのは他のシリーズでは無かった描写ですから、新鮮でもありました。大方のシリーズでは母艦が空を飛んでいるので、レーダーで探知、やっておしまいという流れなので、こういう描写は面白いなと思います。

あとはキャラクターですね。ノリスさんがすばらしいおじさんです。戦いに負けて、勝負に勝つ。まさに漢。ただ、あの鋲のついたヘルメットはどうなのでしょうか。あれじゃ黒い三連星だ。
で、とりあえず主人公。シローくん。なんか、未来世紀を生きた某キング・オブ・ハートを思い出しました。どさくさにまぎれて告白するのが大好きな人。命令違反はミリタリー色つよければ避けて通れないキャラクターの悲しい定め。かなしいけど、ここ軍隊なのよね、と皆さん思うモノです。枠の中で行動していると話が展開しないので。

全体的に観れば、場面が多少とびとびなのが気になりますが、なれてしまえばそんなものなのかなと思います。12話の予定が10話+特別編ではそのあたりは仕方がないのでしょう。とにかく、ひと味違った戦争になっているので面白かったですね。
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by nino84 | 2006-03-07 15:16 | 視聴メモ
『ラーゼフォン 多元変奏曲』を観ました。

2014年、異次元よりあらわれたMUによって、東京は絶対障壁に包まれる。東京は外界とは隔絶され、時間の流れさえも外界の6分の1になってしまった。しかし、内側に残る人たちは外界が滅びたと教えられ、今まで通りの生活を送っていた。そんな内側に残る人の1人、神名綾人の前に外界から紫東遙と名乗る女性が現れて、言った…「教えてあげる、この世界の真実を」


TVで放送された作品を劇場公開できる長さにまとめた作品です。設定が少しずつ違うので、少し混乱気味。話の流れは変わっていませんが、設定が根本から変わってる部分もあって、どうなんだろうと思いながら、観ました。

設定がどれだけ変わろうが、結局設定ありきのSFラブストーリーなので、かなり間口が狭いと思います。「この世界が異世界と近づきすぎて、不協和音を奏でてるから、それを調律するんだ。その時、異世界を主旋律とするのか、この世界を主旋律とするかは奏者である君に任せる。」簡単に書くとこんな感じ。
「奏者はMUの側の存在であるため、本来なら異世界を主旋律として調律されるはずであった。しかし、奏者が愛したのはこの世界の人間であったため、奏者は苦悩する。異世界を主旋律として調律すれば、最愛の人が消える」というのがどうやら抱えるジレンマであり、それをどのように解決するかがテーマとなっているようだ。「愛は地球を救う」というどこかの24時間テレビみたいな標語がよく似合いますな。
ところで、『エヴァンゲリオン(劇場版)』も最後こんな感じじゃありませんでした?すべてはシンジにゆだねられた、みたいな。

最後は大団円なので、ホントに設定さえ乗り越えられれば、っていう作品かと思います。設定に入り込めないと、感動するポイントで感動できないという虚しい作品です。特に、TVシリーズで言う「ブルーフレンド」のあたりのエピソードとか。

さて、設定をつつき始めるととまらなくなるのでこの辺でやめておきましょう。まとめると、「少し健全になった『新世紀エヴァンゲリオン』」というイメージ。多分間違っていない。
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by nino84 | 2006-02-14 10:51 | 視聴メモ