本の感想などをつらつらと。


by nino84
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カテゴリ:視聴メモ( 38 )

『亡国のイージス』を観ました。

随分前から、むしろ映画が公開された段階で、観ようと思っていたのですが、機会がなくいけず、結局DVDで観ることになってしまいました。原作が好きなんで、映画館の大画面で観たかったかも。今更言っても遅いですが。

とりあえず、真田広之さんがよかった。もともと原作も恰幅の良いおじさんが活躍する作品ではありますが、もう、これに尽きる。中の人がおじさんと括ってしまってよい人なのかはこの際おいておくことにします。よかったんだから、それでいいのです。

それにしても、映画にするには少し無理があったように思います。まず全体的に情報量が足りないのが気になりました。辺野古ディストラクション、GUSOH、ダイスといった一見さんには分かりづらい単語が次々出てくるのは違和感があります。そもそも、とても硬派なプロモーションをしておいて、出てくる単語がSF調では多くの人が違和感を感じると思うのです。たしかに、原作を、しかも『亡国のイージス』だけでなく場合によっては前作『Twelve Y.O.』までも、知っている人ならば、出てくる単語の背景知識があるため、了解もできます。しかし、自衛隊までかり出して、お金かけてプロモーションしておきながらこれでは、どうも納得できかねます。ということで、情報の補完のために関連作品である『川の深さは』、『Twelve Y.O.』を映画化しませんか?
たしかにどちらのラストシーンも『亡国のイージス』以上に描きにくそうではありますが…(町中でアパッチ飛ばしてみたり、いろいろ)。

それから、もう一つ気になったのは、ラストシーン。先任伍長に「俺の任務はこの艦を護ることだ」と再三言わせておいて、ああなるのですか?
確かに話の展開から見れば、致し方ない部分もありますが、原作に沿ったラストでなぜいけなかったのでしょう。事件の後日談はあまり盛り上がらないから短くしたいのは映画の制約なのでしょうが、あれは納得できません。たしかに、原作のラストの大どんでん返しも賛否両論あるような気もしますが、せめて後日談は採用して欲しかったと思います。最悪スタッフロールの後ろでセリフなしでもやって欲しかったかと。映画の限界なんて僕は知りませんし、各種団体の意向なんかはもっと知りません。一視聴者として、そう思います。


なんだか、批判に大半を費やす結果に終わってしまいました。ところでまったく個人的なことですが、勝地涼さんはすこし違和感がありました。もう少し線の細い人が良かったのではと思います。いえ、僕のイメージですから、気にしないことにましょう。
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by nino84 | 2006-02-10 10:53 | 視聴メモ
かれこれ2週間ほどかかりましたが、『機動戦士ガンダム 0083 STARDUST MEMORY』(1990)を観ました。

一年戦争から3年、オーストラリアのトリトン基地に2体のガンダムが運び込まれた。しかし、動き出したジオンの残党によって、1体のガンダムが強奪されてしまう。トリトン基地のテストパイロットだったコウ・ウラキはガンダムを奪った犯人、かつてソロモンの悪夢と呼ばれた人物とまみえる…。


「強奪される」と受け身形で書いてみたものの、なんか違和感があります。おそらく、終盤になるに従って、主人公がコウからガトーに移るからでしょう。ソロモン襲撃から後は完全にガトー少佐のお話です。最終話のコウの当て馬っぷりがもの悲しく感じてしまいます。もっと言えば、最終話の連邦のパイロットは空気でした。そういえば最近の作品にもこんなことがあったような気がします。

歴史の穴を埋めるという意味ではとても良くできた作品だと思います。ティターンズの成立を最後に持ってくるあたりとか、さりげなくジム・クウェルがでてきてたり。

ところで一番の見所は、「ソロモンよ、私は帰ってきた!」なのか、最後の散りっぷりなのか、甲乙つけがたいところです。なんにしても、ガトー少佐ありきで。あとは、シーマさんも良い感じでキャラ出てます。『宇宙の蜻蛉』をみないと魅力は半減なワケですが。なんというか、「わたしは故あれば裏切るのさ!」のセリフの重みとかもさ。
で、一番の問題児がニナさんですよ。どうしましょうか、このアリシア姫のようなキャラクター。なんかこう、最終話で一番やっちゃいけないことをやった人。おまえどっちやねんと。

え、主人公ですか?だからガトー少佐ですって。コウなんてただの当て馬です。見てない人にはそれがわからんのです。ガトー少佐のでてこない、月での一悶着は壮大なフリです。ケリーがガトー少佐の戦友だというただそれだけを言いたいがための、壮大なフリです。
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by nino84 | 2006-01-25 11:00 | 視聴メモ
『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987)を観ました。

ここを定期的に見ている人は誰も知らないだろうアニメ作品。実は『新世紀エヴァンゲリオン』や『不思議の海のナディア』などを制作したGAINAXの作品です。

世界で初めての有人宇宙飛行計画を立ち上げた王立宇宙軍だったが、今まで実績がないために政治的な立場は弱い。そのため打ち上げ場所を国境付近にされ、打ち上げ計画は戦争の口実に利用されようとしていた。かくて隣国の軍は動きだし、打ち上げ台の周辺で交戦が始まる。そのため宇宙軍は撤退を迫られるのだが…。
まとめてしまえば世界初の有人宇宙飛行を目指す男たちの物語です。

主人公は最初水軍に入隊しようとしたが、成績が悪く宇宙軍に入った。そのため冒頭の彼のモチベーションは低い。彼がやる気を出したのはある女性と出会ったからだが、要するに彼女の気を引きたかったのだ。そのため、計画が本格的に動き出すと彼は迷い出す…。と解釈したのだけれど、実際よく分からない。他の登場人物を置いてけぼりにするならともかく、視聴者まで置いくのはいただけない。
また変な宗教観(?)のようなものを絡めていったからこそのラストのセリフではあるんですが、もう少し上手く絡ませることはできなかったのでしょうか。二つの要素が乖離してしまっている気がする。

ただ、ラストシーンの盛り上がり方は素晴らしく、この作品はラストシーンのためだけにあるといっても過言ではありません。主人公シロツグの声を当てているのは森本レオなのですが、彼が起用されたのは、ラストにあのセリフを喋らせる、ただそれだけのためだったのではないかというほどです。またこれはラストシーンに限ったことではありませんが、作画のレベルはとても高く、音楽も良いのです。
スタッフは作画の関係では作画監督に庵野秀明(『新世紀エヴァンゲリオン』監督)、貞本義行(『新世紀エヴァンゲリオン』キャラクターデザイン)。原画が江川達也(『東京大学物語』ほか)。さらに美術に樋口真嗣(『ローレライ』、平成ガメラシリーズ監督)。音楽は坂本龍一(『戦場のメリー・クリスマス』)。よくぞこれだけ集まったという感じがする。良いスタッフがあつまれば良いシーンがとれると言うことか。


この作品を観るなら細かいところを気にしていたら負けです。初めのシーンで主人公の服装が突然替わろうが、目をつぶっておくべきです。ラストシーン、ただそれだけのためにこの作品は存在します。


ちなみに、僕は知りませんでしたが、脚本の方も最近有名らしい。マクロスでデビューして、最近ではガンダムSEED、SEED destiny、エウレカセブンなどを手がけている人だそうです。
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by nino84 | 2006-01-14 10:53 | 視聴メモ

『機動戦士ガンダムF91』

『機動戦士ガンダムF91』(1991)を観ました。DVDの完全版だそうです。

もう何度か観てるんですが、観るたびに新たな発見があります。年をとって見る目が変わったからでしょう。シーブックの父はあんなに格好良かっただろうか。また(ものすごく初歩的な部分な気がするが、)アンナマリーの裏切りはきちんと複線引いてたんだとか、いろいろなことを思いました。あとは、シーブックが母に対して敬語だったのはちょっとした衝撃。

ただ、ロナ家やコスモ貴族主義とかいったものはやはり情報不足が否めないかと思います。たしかに、劇中にはカロッゾ(鉄仮面)が養子であることなど、ロナ家の人物関係はセリフの端々から分かることでしょう。また、コスモ貴族主義がどのような思想であるかということもマイッツァーが少し語っています。しかし、小説でロナ家とコスモ貴族主義について一巻分を用いて説明したものがあのような形で一端だけ見せられても理解しがたいと思います。


小説といえば、小説版はラストシーンが違いますね。映画版のラストは映像で観れば感動もするだろうけれど、あれを文章で読まされるのはちょっと違うような気がするので良いとは思います。あんなまどろっこしいのが嫌いなら小説版をどうぞ。ただし小説は上巻の冒頭から200ページ、永遠ロナ家のお話。また、話の動きだしは映画の学園祭の前からスタートします。全体的に説明が多いのでそのつもりで。情報を補完したい場合には是非もなくどうぞ。

また映画用に作ってあるので、ヤマ場とヤマ場の間に息をつく暇があります。そういう点では現在進行中のZガンダム3部作よりも見やすいのではないでしょうか。ただエンディングのTHIS IS ONLY THE BEGINNINGには賛否両論あるとは思いますが、どうなのでしょう。コスモバビロニア滅びてないしね。根本的に解決してないよと言われても仕方ないというか。
テレビ用の企画がお蔵入りとなったので、仕方ないらしいです。大人の事情というものです。
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by nino84 | 2006-01-10 10:54 | 視聴メモ
文章量をみたら予想できると思いますがネタバレです。そのつもりでどうぞ。

……

『機動戦士Zガンダム2 A new translation 恋人たち』を観てきました。

劇場版3部作の第2作目です。第2作目ということで中途半端に始まって中途半端に終わる覚悟がある程度できていたとはいえ、やはり違和感がありましたね。テレビ版でいえば15話~33話くらいだと思います。EDのテロップで確認していたのですが、忘れてしまいました。

さて、この映画展開が早いだけに情報量も多いのです。そのため話の筋にのせて感想を入れていくと膨大な文章量になってしまうので気になったところを順に挙げていくことにします。

前回はアッシマーを退けたところで終わってましたから、今回のオープニングはその続きからです。オープニングをスムーズに展開するためでしょうか、松竹などのロゴが流れているところからすでにオープニングのシーンのBGMが流れていました。ちょっとした工夫だけれど、そういうのもありかなと思います。ちなみに、今作のラストシーンはハマーンの顔見せでした。正直、ラストにしっかりとした山が欲しかった気がします。序盤のホンコンシティーが一番大きな山になってしまっていて、後半うまく山場が作れていなかったという気もしました。

戦闘シーンよりもドラマメインであるというのが全体を通しての大きな感想です。艦隊戦がほぼなく、小規模な戦闘が繰り返されるからという以上に、映画という尺の制限のために話の展開を優先していく必要があったのでしょう。また「恋人たち」というサブタイトル通りの作品にするためだとも言えるのでしょうが。
ちなみに、Zガンダムの強さもそんなに強調されることがありませんでした。せめてそれくらいはしっかり描写してくれても、と思わなくもありません。

今回、映画の尺によってもっとも影響を受けたのは、おそらくカミーユの受け取られ方ではないでしょうか。フォウを失った後宇宙に上がったカミーユはファと再会し唐突に「ヘルメットがじゃまで上手くキスできないな」。この間の現実世界での経過時間があまりにも短いためにカミーユが軽い男に見えます。

ちなみに性格が変わったなと感じたのは上記のカミーユとヘンケンさん、ブライト艦長、クワトロさん、そして「エゥーゴに資金を提供してくれている」ウォンさんでしょうか。カミーユを除いた前記の4人がグラナダで作戦会議をするというシーンが追加されていたのですが、偶然にも、いやおそらく意図的に、彼らの性格描写をしっかりとしていました。
そのシーンで、ウォンさんはただの「修正おじさん」ではなく、きちんと仕事もしているのだということを示しました。彼はやり手だったのです。ブライト艦長は会議中にPCで地球にいる家族からのビデオレターを観ているというほほえましい描写があり、単身赴任のお父さんといった属性が強くなっています。会議終了後にブライトがヘンケンに「カツをラーディッシュで預かってくれ」と伝えると、ヘンケンは「条件がある、エマ中尉もラーディッシュにまわしてくれないか」と答えます。ヘンケンに関してはここだけではなくいたるところでエマ・シーンラブが強調され、より不器用なおじさんとなりました。
さらに先ほどのヘンケンの提案をブライトが呑んだ後クワトロが一言「脈までは保証できませんよ」。彼もひとの子だったのです。冗談だっていうのです。結果、彼の性格に少し人間味が加わりました。

ここまで書いてきて、実はフォウについて一言も触れていないことに気づきました。
彼女とカミーユの絡みは実にしっかりと描かれていました。戦闘シーンもそこそこに、ずっと話していた印象があります。2度目の戦闘シーンで、カミーユがフォウにつらさを吐露するシーンはとても良かったと思う。
「僕は両親が死ぬところを見たんだ!…(中略)…オヤジは若い女を囲って、母さんはそれに気がついても気づかないふりをして…(中略)…あれ、なんでこんなこといってるんだろう…」「カミーユって名前好き?」「好きだよ、自分なんだって感じるから」。…うろ覚えですし、省略もあります。ごめんなさい。でも良いシーンでしたよ。


余談ですが、今回もスタッフロールで立ち上がる人はいませんでした。また、声優陣はサラ・ザビアロフを除いて違和感なかったと思います。
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by nino84 | 2005-11-11 10:55 | 視聴メモ
見たと昨日書いておきながら、視聴メモを書いていないことに気が付きました。おそらく当時の僕は今までと毛色が違いすぎるので書くのを躊躇したのでしょう。

『機動戦士Zガンダム A New Translation 星を継ぐ者』というのが正式名称ですが、新訳の名に違わない出来になっています。

この作品は全3部ということなので、第一作である本作はテレビ版の1~14話までをまとめた作品です。映画でも観たのですが、そのときは尺の短さを説明口調で無理矢理まとめているという感じが少しありました。「エゥーゴの支援組織のカラバか」というクワトロ大尉のセリフが説明口調すぎて違和感があったものです。しかし、あのややこしい話をまとめていこうというのですから、説明口調は仕方がないと割り切れたのかも知れません。今回は、あまり気になりませんでした。

また、20年前の作画と現代の作画とが共存している特殊な作品なのでシーンの切り替えのタイミングによっては少し違和感を覚えます。しかし新訳ということで話の流れを修正しながらそれを行うのですから、スゴイ作品です。齟齬がないというのは凄いことです。

「頭で分かっていても、体が動かなければ…」など、御大の身体論は相変わらず健在。彼のセリフ回しは劇中だけで終わらない意味を持っていることもあるので好感が持てます。
「親にかまってもらわなきゃ、子どもはたまりませんよ」。これは、新たに追加されたシーンでのセリフですが、気になるセリフでした。現代へのメッセージでもあるんじゃないでしょうか。
ちなみにカミーユくんのセリフです。この辺りが彼の性格が少し変わったと見えるところではあります。20年経って、彼は自分の弱さを吐露するそんなキャラになりました。この方が健全ですよね。どんどん内向していった、TV版とは違います、というか違うと信じたいものです。

そういえばライラさんに「パワーがダンチだね」などと当時の流行り言葉を言わせるなどの無茶もしてませんでしたね。むしろ、そういうのも面白かったのかも知れませんが。


さて、ストーリーのディテールのみを述べている様な気がします。アクションもいいんだよ、といっておかなければいけないでしょうね。
で、やはり一番の見せ場はラストのアッシマー戦です。スピード感があり、なんたって「散弾ではなっ!」です。アッシマーってこんなに格好いい機体だったのですね。ちなみに、ブランさんの「散弾ではなっ!」はこの作品の名言の一つだと思います。
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by nino84 | 2005-11-03 10:56 | 視聴メモ
『存在の耐えられない軽さ』(アメリカ、1987)見ました。

収録時間171分にもかかわらず、カットされた場面が多くあります。とはいえ、場面がカットされた結果として、よりトマーシュとテレザの恋愛物語だというのが、強調されています。

分かりやすくなった、といえばそうなのでしょうが、内容が薄くなったことも否めません。

原作では、サビーナとそのスイスでの恋人であったフランツの存在についても、詳しく触れていました。しかし、映画では、おそらく収録時間と映画の流れの問題でしょうが、彼女ら(特にフランツ)については、ほとんど触れられていません。
たしかに、映画でも彼女らの考え方の食い違いは描かれていたものの、それは彼女らが分かれるための複線としてしか機能していませんでした。本来なら、恋愛感情だけでないより深い部分での食い違いが根本にはあるはずなのですが…。

とはいえ、これ以上、収録時間を長くすることはできないでしょうし、思想を映像化するのは難しいのでしょう。従って、落としどころとして、そうしたものになったとしても、それは仕方のないことなのでしょう。


不満が先行してしまいましたが、最初に書いたとおり、トマーシュとテレザの恋愛物語としては、原作よりも、分かりやすくなっています。従って、原作を恋愛物語として読めた人は映画も良い出来であると思えるのではないでしょうか。

また、ソ連のチェコ侵攻時の場面は、白黒の映像(当時の映像含む?)も使用され、かなり迫力のあるものに仕上がっていると思います。(この場面だけは恋愛映画であるということを忘れてください。)

全体的に見れば、よくまとまった、良作なのではないでしょうか。
結局のところ、思想が理解したければ、原作を読めばいいのです。いや、僕は翻訳したものしか読めませんが。
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by nino84 | 2005-09-26 10:57 | 視聴メモ
先日読んだ『ドグラ・マグラ』ですが、映像作品があったようです。

一読しただけでは、どうにも整理が付かなかったので、とりあえず、探して、見てみることにしました。が、意外と(?)ないのね。これ。
4件目でようやく見つけました。(DVDがあるとのことだったんだけど、VHSしか見つからず…)この時点で、結構つかれたよ。パトラッ…(以下略)

本編105分ということで、収まるのか?と思ったら、結構シーンが整理(カット・まとめ等)されてた。とはいえ、現実(そもそも現実かどうか分からんのだが…)と回想などのシーンを入れ子式にすることで、原作の雰囲気が上手く出せていたと思う。
また、ラストシーンなどは、解釈の仕方によって、どのようにも取れるので、どうなっているのかと思ったら、完全に記憶が戻ったという解釈でいったように見受けられた。そこには、個人的には、すこし違和感を感じないではなかった。もう少しぼやかして良かったように思う。

役者に関しては、桂枝雀の正木敬之がものすごくハマリ役で良い味出してた。主人公がどうも金子貴俊(漢字合ってるか?)に見えて、全編違和感ありすぎ…。いや、僕のイメージ違っていたのも一因だろうがな。主人公は、もっと病的で良いような気がした。
20年くらい前の作品なので、当時の役者でどう、ってのはいえないですがね。

全体的には、かなり満足のいく出来でした。シーンが整理されているので、原作よりも分かりやすいってのは、点数高い。あるいは、二度目だから分かりやすかったのかもしれないが。

ただ、同時に、シーンがカットされている関係から、突拍子もなく衣装が替わっていたりするので、細かな繋がりを重視するなら、原作読んでないと、厳しいかもしれない。また、原作の特徴でもある、ブウウーーンンンではじまり、ブウウーーンンンで終わるのが、再現されてなくて、そこはかとない違和感が…。
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by nino84 | 2005-08-24 10:59 | 視聴メモ