本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『「かわいい」論』

『「かわいい」論』(四方田犬彦、ちくま新書)を読みました。

「かわいい」という単語、またそれを体現するものは世界中に広まっている。ではその「かわいい」とはいったい何なのか、そこから本書は始まる。
そもそも「かわいい」に正確に対応した単語は諸外国語にはみられない。『枕草子』の言うような未熟で小さいものを愛でるという文化が外国、特に欧米にはみられないからである。欧米では未熟であるのは悪であり、成熟するまでの過渡期であるという認識がある。しかし、日本では未熟であること自体にも価値を見いだす、というのである。
本書では大学生へのアンケートから現代の「かわいい」という言葉の意味を見いだそうと試みている。分析によれば「かわいい」は「美しい」、「醜い」という単語の反対語として、また無感動であること(「ふつう」、「さえない」等)の反対語として認識されている。すなわち「かわいい」とは表層的でうつろいやすく、世俗的で不完全、未成熟ななにものかであり、そのために親しみやすく、庇護したいものとなりうるのだ結論づける。
一方で「かわいい」と「醜い」が意外と近いところにあるという視点も提案されている。たとえばE.Tや、アンガールズを指していう「きもかわいい」という単語がそれを如実に表しているという。

一冊の本をこの場でまとめようと思うと大きなスペースが必要になるので、ここでやめますが、「かわいい」とはこのようなものなのだそうです。ちなみに最終的には「萌え」や男女、さらにその中間(ゲイ)におけるかわいいものの定義へと話は展開されていきます。


先日NHKのとある番組で大まじめに紹介されていたので興味本位で買ってしまいました。セーラムーンにはじまり、アウシュヴィッツにおわる、かなり広範囲におよぶ論が展開されています。正直、とっちらかっていてわかりづらい部分がありました。「かわいい」という単語が実は日本特有の考え方であるということが一番重要なことなのではないかと思います。といいながらも、だからどうしたという気がしないでもありません。正直、一番面白かったのはこの手の本で本気で「萌え」、「やおい」といったものを「かわいい」の枠の中で分析対象にしてしまったという部分です。
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by nino84 | 2006-03-25 20:03 | 読書メモ
『デセプション・ポイント』(ダン・ブラウン、角川書店)を読みました。

大統領候補者の娘であり、国家偵察局員でもあるレイチェルは父とのつまらない朝食の最中に呼び出しを受ける。国家偵察局で彼女は大統領が自分との面会を望んでいることだけを告げられた。大統領と面会した彼女はNASAの大発見の事実を確かめてきて欲しいと一方的に頼まれる…


最近導入部分の説明がいっこうに上手くなりません。多分にミステリー要素を含むので、全ての情報をさらけ出すわけにもいかないだろうという思惑もあるのですが、どうなのでしょう。

本作はかの『ダ・ヴィンチ・コード』の作者の作品です。扱っているものが自然科学の分野になっているので、取っつきにくさが目立ったのですが、この辺りは個人差でしょう。むしろ『ダ・ヴィンチ…』の方が取っつきにくい人もいるでしょうし。
展開としてはハリウッドのサスペンス映画のようなもので、一気に読める作品だと思います。

そういえば、この作品も『ダ・ヴィンチ…』と同様、冒頭で「デルタ・フォース、国家偵察局(NRO)、宇宙フロンティア財団(SFF)は現存する組織である。この小説で描かれる科学技術はすべて事実に基づいている。」とされています。
ただ、この書き方だと名前を挙げた組織は現存するけど、やっている内容についてはフィクションがある。また、「科学技術」は真実に基づいているけれど、科学的な現象に関してはフィクションがある。以上の2つのことを言っていることになるわけで、どこまで本当なんだかよく分からないレベルの知識が頭の中に浮遊しています。
結局、専門的な知識は権威ある文献で学びましょう。これはあくまでフィクションであって、フィクションとして楽しみましょうという結論に落ち着けてみるつもりです。自然科学にはあまり興味がないのでどのようにしてもいいのですが。
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by nino84 | 2006-03-22 18:40 | 読書メモ

『戦国自衛隊1549』

『戦国自衛隊1549』(福井晴敏、角川書店)を読みました。

性懲りもなくまた福井作品です。『終戦のローレライ』以上に映画の原作本という性格が強いのか、彼の作品でも短いものになっていると思います。
ただ短いから読みやすいというものでもなく、装丁が妙なので物理的に読みにくい本になってるのはいただけない。挿絵を入れるにしても文字にかぶせるように入れないで欲しいところです。本は本であって文を読むものなのだから、その一線は越えて欲しくはありません。
さて、内容とは全く関係ない部分の批判が先行しましたが、内容としては福井作品らしく仕上がっていると思います。

とりあえず導入部を書いてみましょう。
1999年、富士山麓での極秘実験中の自衛隊の部隊が丸ごと消え去った。
そして2年の後、富士山頂付近や歴史的建造物に”ホール”という黒い靄が現れた。その靄は日に日に拡大していった…。2年前の実験の発案者はこの原因を「過去からの攻撃」と言い、歴史の歪みが靄を生み出していると断じた。それを受け、歴史の歪みを正すために2年前と同様の現象を人為的に起こし、今一度過去へと跳ぶ計画が立てられた。かくして計画は実行され…

『戦国自衛隊』(半村良)を下に敷いているとはいえ、まったく異なった物語が展開されていきます。映画の原作ということで最後は気持ちよく終わりたかったのか、かなり良心的な終わり方になっていると思います。どちらが好きかと言われると、半村さんの方がよけいな要素がそぎ取られているため好きなのですが、どうでしょう。
ただ、本作では半村版の時よりも自衛隊の装備が格段に良くなっているわけですから、そのあたりの整合性を高めるために現代人対現代人という構図にならざるを得なかった部分はあるのだろうと推測するのですが。


ところで「福井作品らしい」と上で書きましたが、この人はこの手の作品しか書けないのでしょうか。それとも要求に応えた結果、このような作品ばかりが世に出ているのでしょうか。
そろそろノリの異なった作品も書いて欲しいと思うようになったのは、読者のわがままでしょうか。実際、彼はすばらしい冒険小説の書き手の一人だとは思うのです。それで良いともいえるのです。
ただ、僕は作家には変化をして欲しい。太宰や芥川のように負の方向にでも良い。あるいは、ジャンルは違うが宮崎駿の『もののけ姫』以後のように(個人的には)正の方向にでも良い。変化が欲しい。

僕が他の作家の本を読めば済む話なのですが、なんとなく。
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by nino84 | 2006-03-21 23:45 | 読書メモ

『6ステイン』

『6ステイン』(福井晴敏、講談社)を読みました。

『いまできる最善のこと』、『畳算』、『サクラ』、『媽媽』、『断ち切る』、『920を待ちながら』(収録順)の6作が収録された短編集です。短編を読みたいと以前書いてはいたものの、読んでみたら、普通の短編ではない展開であまり短編として読めなかったというのが実際です。やはり福井さんは長編の方が良いと思いました。


6作全てが「市ヶ谷」に関連した話を展開している上、すべてがアクションを含んでいるので、2,3作読んだ段階でお腹が一杯になっていたのは事実です。収録作品間での繋がりがあったり、長編小説との繋がりがあったりと、どこか外に情報が置いてある作品が多く、短編として見て良いのかよく分かりません。とはいえ、これに関しては、短編を私小説のようなものとほぼイコールで考えている僕がいけないのかもしれません。


なんにしても昨今の福井作品の映画化の状況からこの作品から福井作品に入る人は少ないと思いますが、この作品から入った場合には『亡国のイージス』を読んだらいいのではないでしょうか。
…と思ったのですが、『亡国…』を後から読むとひとつ大きな問題があるということに気がつきました。一度見た固有名詞を忘れなくてはならない。難しいですよね…。
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by nino84 | 2006-03-20 14:53 | 読書メモ
『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン、角川文庫)を読みました。

書店に行ったら文庫版が発売されているのを発見して、思わず買ってしまいました。ハードカバー版が発売されたときに凄く話題になっていたので、これは読んでみないといけないと思っていました。角川書店に上手く乗せられている感じは否めませんが、面白かったので結果的に問題ありません。文庫版は上・中・下巻の3分冊です。
そういえば、話題になっていたときに本当になにも見聞きしなかったので何も知らなかったんですが、『天使と悪魔』という作品の続編という形になっているようです。ちなみに前作の一年後という設定です。本作を読んだら前作も読みたくなったんですが、文庫版が出てないみたいです。


ルーブル美術館の館長が殺された。館長は死の間際に暗号を残していた。現場に駆けつけた孫娘ソフィーと宗教象徴学者であるラングドンは館長が残した暗号を次々と解き明かしていき、次第にキリスト教に関連するあるものへと近づいていく。しかし、裏ではあるものを巡ってある組織も動いていて…

というわけで、あらすじを書くのが苦手なミステリーの本です。作者は本書の冒頭で「この小説における芸術作品、建築物、秘密教義に関する記述は、全て事実に基づいている」と述べています。そして実際にそれらが大きく謎解きに関わってくるので、展開を楽しむのに加えて、そうした知識も楽しめました。
あくまでそういう見方もあるという知識なのだろうと思います。結局何を信じるかという問題であって、事実と信仰は別物ということでしょう。新生児はコウノトリが運んでくるわけはないけれど、そのほうが世界が上手くまわっているのだから、それで良いというのと同じようなことなのだとおもいます。
キリスト教を深く信仰しているわけではないので、事実の部分のみが見えて面白いのでしょう。信仰があるのならば、それはそれで違った見方ができる作品なのかなとも思いました。もちろん、賛否両論あるという意味で、です。

肝心の謎解きに関してですが、暗号文が大量に登場するのはもちろん、その他にも大小様々な謎が順番に登場して飽きさせない作りになっていると思います。僕は先が気になって一気に読んでしまいました。読みやすさに関しては文体が軽いということも関わっているのだと思います。しかし、文体のことを考慮して考えても、いくつかは推理も当たって、個人的には満足しました。


図書館で『天使と悪魔』でも探してきます。
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by nino84 | 2006-03-15 01:28 | 読書メモ
『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(西林克彦、光文社新書)を読みました。

密かにここで新書の感想を書くのは初めてです。ただただ本を読んでいるのもあまり成長が望めないので、タイトルに惹かれて買ってみました。帯によれば、「ドラゴン桜」でも教材になったそうです。受験に最適、とのことでしたがそれにこだわらず普段読書をしている人は読んでみたらどうでしょうか。

僕たちが普段文章を読むときには、その文章のある部分に関する知識が駆動されることなどによって内容が読みとられる。しかし、駆動される知識は常識的でありすぎたり、社会的に望ましいものであったりして、僕たちは時として本来文章に書いてあることとは整合性のない解釈をしてしまうことがある。これに僕たちは気づきにくい。一度解釈されてしまうと、「わかったつもり」になってしまう。その「わかったつもり」をどうやって脱却するかを提案しているのが本書である。

詳しくは知りませんが、茂木健一郎さんが某テレビ番組で良くやってるAH!体験の一種みたいなものかもしれません。ただ、普段の読書にまで応用できるという点でより有用である様な気がします。

長編では最初から応用しづらいので、家にある短編を読み直して、少し考えてみようかと思います。先日『亡国のイージス』に関する感想を書いたときに、少し触れたことですが、「2度読むことで読めなかったことが見えてくる」といった意味の文を書いたと思いますが、2度読むことの重要性を示されたような気がします。結論を知ることで、伏線を拾うことができ、文脈がより了解できる。そのことによって文章の理解が促進されるのでしょう。一方で本書では結論を知ることによる先入観の危険性も指摘されています。しかしそれでも読み飛ばしに気をつけ、一度目と同程度の注意力で読めば、自然と一歩進めるのではないかというのが、僕の体感です。

詩も何編か紹介されていたのですが、そういう読み方ができれば楽しいだろうと思いました。しかしそれがなかなか難しい様な気がするのは、「わかったつもり」になってからの一歩に使える情報量があまりにも少ないからなのでしょう。それでも挑戦してみようかとも思うのですが…。
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by nino84 | 2006-03-10 00:48 | 読書メモ
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』(全10話+ラスト・リゾート)を観ました。

一年戦争当時の局地戦を描いた作品です。…が、これ舞台どこ?アジアということだったけど、ジャングルの奥地に住んでるゲリラが、砂漠地帯までバイクや馬で来られる地形ってどこなんでしょうか。また、ジャングルのすぐ近くに針葉樹林帯ってのも少し違和感を感じました。東南アジアには雪かぶるような山ってあっただろうか…。東アジア、西アジアはジャングルがなさそうなのですが…。
とはいえ、様々なタイプの局地戦を描きたいという理由があって、実は宇宙世紀になって気候変動でこうなりましたと言われてしまえば、それまでですので、気にしないことにしましょう。

また、局地戦ということでミリタリー色が強く、MS以外も意外と活躍するということで戦闘は楽しめました。地上戦で大まじめに音を感知して戦うというのは他のシリーズでは無かった描写ですから、新鮮でもありました。大方のシリーズでは母艦が空を飛んでいるので、レーダーで探知、やっておしまいという流れなので、こういう描写は面白いなと思います。

あとはキャラクターですね。ノリスさんがすばらしいおじさんです。戦いに負けて、勝負に勝つ。まさに漢。ただ、あの鋲のついたヘルメットはどうなのでしょうか。あれじゃ黒い三連星だ。
で、とりあえず主人公。シローくん。なんか、未来世紀を生きた某キング・オブ・ハートを思い出しました。どさくさにまぎれて告白するのが大好きな人。命令違反はミリタリー色つよければ避けて通れないキャラクターの悲しい定め。かなしいけど、ここ軍隊なのよね、と皆さん思うモノです。枠の中で行動していると話が展開しないので。

全体的に観れば、場面が多少とびとびなのが気になりますが、なれてしまえばそんなものなのかなと思います。12話の予定が10話+特別編ではそのあたりは仕方がないのでしょう。とにかく、ひと味違った戦争になっているので面白かったですね。
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by nino84 | 2006-03-07 15:16 | 視聴メモ

『川の深さは』

『川の深さは』(福井晴敏、講談社文庫)を読みました。

先日『亡国のイージス』を読みかえしたら、本書もなんとなく読みかえしたくなりました。3部作の第1作目ではあるのですが、実際に出版されたのは、『亡国のイージス』が出版された後のことです。そのあたりの事情はここで書くべき話ではないので割愛しますが、続きモノで新人賞(?)に応募するってのはどうなんでしょうね。

さて、本書は冒頭のシーンからして、かなりの問題作である。某仏教系教団の起こした事件を思わせる、宗教団体の地下鉄爆破テロ。それを様々な主導権争いの結果うまれた事件であるとしたのである。もちろん現実ではない。現実ではないが、現実に類似した事件があれば、それと対応させて読んでしまうのが僕で、だからこそ現実味も生まれてくる。…のだが、現実の裁判が未だ終わりもせず、精神鑑定うんぬんとやっている現在では、その現実味も怪しいモノではある。
日本が抱える牙を持ちながら、それを使うことができない現実。あるいはその使い方を知らない現実。それを訴えてもいるのかもしれないが、映画的にアクションを楽しんだらそれで良いのではないかとも思えてしまう。

それから、おじさんの活躍は、個人的には福井さんの作品ではほぼ当たり前の感があるのだが、この作品に出てくる人物はみんなそろって格好が良すぎる。割り切れすぎているというか、決断が早いというか、芝居クサイというか…上手く表現できないが、『亡国のイージス』のような巧さはないように思う。
おじさんのもとに転がり込んできた工作員が「命なんて軽いもんさ……特におれのは」、「任務、完了」というセリフを言えば、僕としても想像できるキャラクターが限定されてしまうわけで、そのあたりも関係しているのかもしれない。
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by nino84 | 2006-03-06 13:46 | 読書メモ

『亡国のイージス』

『亡国のイージス』(福井晴敏)を読みました。

新しい本を買わないで読書を楽しむには既存の本を読み直すしかない、というのがひとつ。もうひとつは先日映画版を観たからというのが主な理由。
ハードカバーを図書館で借りて読み、文庫版を買って読み、今回読み直して正味3回目。こうして漠然と感じていたものをはっきりさせていく作業はどこか恐ろしさを感じる。これだけ読むと悪い点まで自分の中ではっきり見えてくる。それが悲しい。まったく別のものが見えるのではないか、という不安もどこかにあるのだろう。
ともあれ、最近はこうして感想を文章に書き起こすようにしているから、否が応でもその作品と向き合わなければいけなくなっている部分もあるのだが。

閑話休題。本書は『川の深さは』からつづく作品の第3作目に当たる。一部ではこの3作をして国防3部作とも呼ぶらしい。まったくやっかいな呼称であると思う。煽りの文言が「よく見ろ、日本人。これが戦争だ」とあまりに過激なためでもあろうし、裏表紙の文章も「すべての日本人に…」と大風呂敷を広げる。それは少しずれていると思う。
日本語で書かれた文章であり、日本で発行されるのだから、日本人にむけてのメッセージなのは当たり前なのだ。実に普遍的なテーマを極端な事件で捉えているに過ぎないと思うのである。そのため手に取りずらくなっている部分もあろうが、同時にそれがテーマをはっきりさせるのに役に立っている。

親に親をやってもらえず、自らを閉ざした青年。祖国を憂い、祖国のために動いていると自分で信じて疑わない男。本当の戦争のなんたるかを知らずに復讐の一念で動いた男。あこぎなことをしていると分かっていながら、国のためと自分を騙そうとしている男。そして家庭を顧みず、艦で働くことしか知らず、それでも実際の戦争とも向き合わずにいた男……。
この作品はそうした人々の葛藤を描く。そのための序章であろうし、終章であると思える。そうした重要な部分が省略された映画版には何処か違和感を覚えずにはいられない。テーマさえ変わってしまいかねないほどの情報量の差が惜しい。


あまり書くとこの作品の良いところがひとつ損なわれかねないので、ストーリーには触れません。ああ、ぼくにもミスリードできるほどの文才があればいいのに。
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by nino84 | 2006-03-04 23:59 | 読書メモ

『RUMBLE FISH』

『RUMBLE FISH』(三雲岳斗)を読みました。

実際には全10巻の典型的なラノベな訳ですが、先日発売された巻でめでたく終焉を迎えたので、これを期にメモ程度に書いておいて、お茶を濁そうかという算段です。これを書き終えたら、(先日の『悪徳の栄え』以上に)ある意味なにも怖いモノはない気がします。

基本的にラノベをマンガ感覚で読む僕にとって、本棚が一段埋まるのはある意味で自然なことではあるのですが、世間的にはやはり許してくれないのでしょう、いろいろと。『ラグナロク』(安井健太郎)が18冊、『魔術師オーフェン』(秋田禎信)シリーズが32冊など、そんなものも『スラムダンク』(全31巻)と同じモノだと見なせば、それなりに受け入れられるものです。おそらく自己正当化だと見られるのでしょう、それでかまいません。ただ、ブックカバーをつけたら、電車で読んでいても、マンガより、違和感は無いと思われるであろう変な自信はあります。

閑話休題。さて、『RUMBLE FISH』は学園ものとロボットものを合わせてみようという発想から生まれた作品のように見受けられる。正直、良くまとまったと思います。落としどころとして、風呂敷広げたままというのはどうかと思うのですが、それも否定されるべき手法ではないと思うし、そういう終わり方、ずっと続いていくという感覚の終わり方は心地よい場合だってあるのでしょう。
よく考えたら10巻で半年ばかりしか時間が進んでいない。しかも回収しきれなかった伏線だってあるのだ(高遠、真藤は置いてけぼりだ)、よく考えたら。でも、そういう部分があるからラノベはマンガなのだと思う。それにそれで良いのだとも思う。寛大にいこう。僕がこの作品に求めたものは、ロボットでの闘いと、アツい展開だけだ。ただ、それだけだ。もちろんあまりに破綻した物語は困るが、その当たりは僕の中で閾値を満たしていればそれで良い。「武闘大会をやったら売れる」ではないけど、それで許される部分はあると思うのだ。

さて、なにをいっているかだんだん分からなくなってきた。今回読んだのが最終巻だけなので、あまり全体をとおした感想は言えないのだけれど、やっぱり戦いというのは血湧き肉躍るのである。もう、それだけ。もう小難しい話にはついていけないので、半分無視。とはいえ、最後に流石にその設定はないだろうとすこしツッコミを入れたくなりました。子どもか、そうか、それは無理だ。
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by nino84 | 2006-03-03 23:59 | 読書メモ