本の感想などをつらつらと。


by nino84
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2006年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

『ダ・ヴィンチ・コード』を観てきました。

以前読書メモを書きましたが、今回は映画を観てきました。文庫本を友人に貸していて、手元にないため、正確にどこが抜けているかを指摘するのは難しいのですが、随分頑張って肉抜きしていたと思います。
よく2時間半に収まっています。

以下ネタバレを含みます。原作の記憶が曖昧なので、正確かどうかはわからないですが、原作と違ったシーン、カットされたシーンを思い出せる限り思い出してみる。

・ルーブル美術館のトイレで石けんを投げるシーン(?)がない(少なくとも石けんに発信器を埋め込むシーンはなかった)

・発信器を投げた後、ラングドンらは『モナリザ』から迷わず『岩窟の聖母』に行く

・暗号を残したのはフランス人にもかかわらず暗号が英語。その理由が描写なし

・ラングドンらが北駅で切符を買う描写がない。警察のセリフで補完

・クリプテックスが2重から1重になった

・リー宅へ向かうか向かわないかを決めるゴタゴタが少ない

・リー宅で盗聴器(受信側)が発見される描写がない

・上のいくつかのカットの理由にもなるが、暗号の2重性が失われている

・テンプル教会に入るのにゴタゴタがない

・イギリスで図書館に行かない

・黒幕が観客に露見するタイミングが早い

・ニュートンの墓のある教会(名前忘れた…)へ入る際の荷物検査はない(=拳銃持ち込み放題)

・上記の教会を訪れたとき、教会内でリーを心配する描写が少ない(観客がすでに黒幕を知っているためだと思われる)

・「メロヴィング朝の血を引いていることが、すなわちキリストの血を引いていることになる」ということについての説明がない

・ソフィーの両親のみならず、兄も死んでいる

・ソニエールはソフィーの実の祖父ではない(原作は実の祖父だったと記憶。うろ覚え)

・ラングドンとソフィーの事件後の身の振り方

・ラングドンのあだ名(「ハリスツイードの…」は決して出てこない)

・ただし、一度前作の事件を示唆するセリフがあった(ラングドンがソニエールに呼ばれた理由をソフィーが「その筋の専門家だから?」と問いかけたあとで、ラングドンが「世間では有名…うんぬん」というセリフがあったハズ。うろ覚え)


思い出せる限りで、思い出してみた。書き上げてみると、意外と多いことに気がつく。これだけ整理されているから、原作以上のスピードで物語が進む。それは原作の雰囲気を再現しているといえるのだが、謎解きを一緒に考えるという感じの映画ではない。一方的に押しつけられる感じになる。それが必ずしも悪いというのではない。時間的な制約もあるし、映像の特徴もある。全体的に観れば、良くまとまっていたと思う。

ただし、全体的に薄くなった印象はぬぐえないので、読めることなら原作を読むことをおすすめする。ちなみに、読んでからでも十分に楽しめる映画だと思います。
[PR]
by nino84 | 2006-05-30 01:32 | 視聴メモ

『東京タワー』

『東京タワー』(江國香織、新潮文庫)を読みました。

透は母の友人、年上の女性、詩史に恋に落ちた。耕二も年上の女性、喜美子に夢中だ。どちらも大学生と年上の女性。にもかかわらず、透は相手と共に生きることだけを望み、耕二は相手の体を求めた。


女性作家の作品は久しぶりです。恋愛小説も久しぶりです。オチない作品も久しぶりです。全体的に新鮮な気持ちで読めました。文体が倒置、省略の多い、英語のような文章であったり、セリフひとつで突然回想に入ったりと独特な文体も新鮮に思えたものです。
常に透と耕二のふたりを行き来して物語が展開していくので、対照的なふたつの思考、恋愛をつねに見比べるかたちになっています。その点はなかなか面白いのではないかと思います。

内容に関しては…どうなんでしょうね。つまるところ恋愛なんてものはひとそれぞれですよ。
ただ、「一緒に生きること」が「一緒に生活すること」とほぼ同意となりえても、「一緒に生きること」が「一緒に仕事をすること」にはならないと思う。感覚の問題な気もしますが、ビジネスパートナーはビジネスパートナーだろう、と。生きるだけでも意見の対立があるだろうに、それ以上に対立の軸を持ち込んでどうする。一生ついて行くならそれで良いですけど、それはすでに一緒に生きてないだろう、と思います。
ちなみに、肉欲におぼれていく方は、全く分からないので、評価不能。先ほども言ったけれど、恋愛なんてひとそれぞれですよ。自分で意識できてればいいのではないかな。ただ、この人は意識できてなかったみたいでしたが。


ところで、この作品は映画化されてるんですよね?場面の転換が多いので映像向けだとは思いました。何を言っても、結果論でしかありませんが。
[PR]
by nino84 | 2006-05-28 22:36 | 読書メモ
『上達の法則 効率の良い努力を科学する』(岡本浩一、PHP新書)を読みました。

ものごとが上手くやれるようになる、上達する。これを効率よくするにはどうすればよいのか、それを心理学の立場から解明したのが本書である。
心理学のタームに「スキーマ」というのがある。上級者はこれが発達しているために、ワーキングメモリ(いわゆるマジックナンバーが一度に扱える限度であるといわれている)を節約することができる。本書によれば、スキーマは長期記憶として記憶されているものから形成され、それが感覚記憶をワーキングメモリに移行する際のフィルターとして用いているという。上級者はそのフィルターの精度、つまりどの情報を摂取し、どの情報を捨てるのか、が高いという。
したがって本書の理論に依れば、上達するためには、スキーマを作り出すことが早道ということになる。その方法も提案されている。
また、スランプが心理学的にどのような働きで起きているかも分析し、その解決方法を提案している。


記憶のメカニズムは別の方法を学んだ覚えもあるのですが、とりあえずそこは置いても、スラスラと読むことができた。特に3章「上達した人は何が違うのか」、4章「上達の方法論」は良い。
3章では結構耳にいたい話を論理的に説明してある。あるジャンルでこういうことをしている自分を思い出した。また、4章では逆に自分がどの程度のレベルで止まっているのかを再認識することができた。
ただ、良い作品をみるといわれてところで、それが分からない現在の状況を僕はどのように打破するべきだろうか。結局評判の良いものを片端から当たっていくしかない気がする。


とりあえず認知心理学のノートを引っ張り出してきて、いろいろ思い出そうかと思います。
[PR]
by nino84 | 2006-05-27 01:34 | 読書メモ

『ZOO』

『ZOO』(乙一、集英社文庫)を読みました。

ハードカバーを2冊に分冊し、文庫化したものです。作品の順番なども異なっているはずです。ちなみに、2巻の終わりにはハードカバーの時には収録されていなかったショートショートが追加されています。


乙一さんの作品ですから、当然(?)短編集です。彼の色がとても出ている作品だなという感じです。簡単に言えば、なんでもあり。こ作品は感動する作品、恐ろしい作品、両方を含んでおり、さらに別の系統の作品も収録されています。
ちなみに、文庫化の際に収録された作品の整理が行われたようですので、まともに作品を楽しみたいのなら1巻を、乙一という作家を知りたいのなら2巻をおすすめします。

乙一さんの場合、作品のジャンルが雑多なので、人によって好きな作品が分れるかと思います。そんな中でも、単純にホラーが好きなら「SEVEN ROOMS」が、また感動系のお話が好きなら「陽だまりの詩」がおすすめです。
前者は拉致監禁された姉弟がそこから脱出する顛末を描いたもので、不条理な死の恐怖が伝わってきます。後者は死を看取るために作り出されたロボットが感情を少しずつ理解していき、最終的に死を悼むという感覚を理解するまでのお話です。最後の一ひねりがまた良い味を出してます。
また、バカっぽい展開の作品も乙一らしさがあって良いと思います。この手の作品は2巻に収録(「血液を探せ!」、「落ちる飛行機の中で」)されていますが、他の作品との落差もあって、相当バカな作品に見えてきます。
それから、ミステリっぽい短編は、短編だから仕方がないのかもしれませんが、叙述トリックが安易なのでオチが先読みできたりします。そのあたりはご愛敬ということで。

と、これだけ書いてきてもあまりひとつの作品の中で並ばないジャンル名が並んでいることに気づかれると思います。ホラーあり、ミステリあり、バカあり、ちなみに「陽だまりの詩」がSFですから、SFも含まれています。ジャンルがとても広範囲に渡っていますが、それが乙一さんの色ということなのでしょう。読んでみたら好きな作品がひとつは見つかるのではないかと思います。

ちなみに、文体は軽いので、堅い文章を期待していると大コケする気がします。彼の良いところはジャンルが広範囲であり、かつ読みやすい、すなわち取っつきやすい所なんだろうと思います。
[PR]
by nino84 | 2006-05-25 00:59 | 読書メモ

『パルムの僧院』

『パルムの僧院』(スタンダール、生島遼一訳、岩波文庫)を読みました。

ファブリス・デル・ドンゴは、ナポレオンが活躍する時代に生まれた。彼は貴族の息子でありながら、ナポレオンに傾倒し、ワァテルローの戦いに赴く…。ここから始まる物語は、ファブリスを中心におきながら、パルムというイタリアの小公国を主な舞台として様々な側面を見せながら展開していく。


世間では、『赤と黒』とならびスタンダールの代表作と称されている作品です。どちらが優れているという判断はできないと思いますが、『赤と黒』の方がすっきりしている印象を受けます。『赤と黒』がおおむね、恋(に類するもの)を中心に置いているのに対し、『パルムの僧院』が戦争、恋、政争…、と中心に置かれるものが次々と置き換わっていくからでしょう。
作品の中により詳細な社会を感じられるのは『パルムの僧院』です。一方、『赤と黒』は主人公の心理面をより深く感じられるものとなっているように思います。

ただ、いずれの作品も、問題はそこまで衝動的になれる人間などいないだろうという点が指摘できる。小説であるから、それを是とすることはできるのだけれど、牢に入れられ、いつ殺されるか分からない状態で、それでも恋のために、牢にとどまろうとするファブリス。どれだけ、情熱過多なのでしょうか。
物語の中盤まで、彼は恋というものを知りません。ナポレオンに傾倒していたからでもあるし、保護者のようにして存在する女性が恋の対象であり、彼が母としてその人を認識していたからでしょう。
もちろん、ナポレオンへの傾倒がすごかったように、彼が恋に傾倒すればナポレオンの時と同様に何でもやるのです。したがって、決してファブリスの性格が破綻しているのではなく、あくまでそういう傾向が強い人物なのです。それを理解し、認識して読まないと情熱過多の馬鹿者が辺りを気にせずただ闇雲に何かに向かっている物語といえてしまう。もちろんそういう側面もあるのだが、彼の性格故に周りの女性は彼に惹かれるのだし、だからこそ良くも悪くも彼の周りには人が集まってくる。

この物語が成り立つのは、彼の周りに人が集まっているからである。彼の周りの女性が彼に惹かれて情熱過多になりがちなのには、その女性の描写を汲んでいかないと分からない部分はあろうが、決して理解し得ないものではない。
とはいうものの、やはり彼の性格を全面的に支持することはできないから、結局彼の周りの人物、とくにモスカ伯あたりに好感が持てたりもする。
[PR]
by nino84 | 2006-05-24 01:00 | 読書メモ
『死ぬ瞬間 死とその過程について』(E・キューブラーロス、鈴木晶訳、中公文庫)を読みました。

アメリカの精神科医の書いたノンフィクションで、末期患者との面接の記録から患者が死に至るまでの心の動きをまとめた本である。
死とその過程には様々な態度があるものの、おおよそ次のような段階(防衛メカニズム)を経るとしている。すなわち、致命疾患の自覚をした時点で「衝撃」を感じ、そんなことはないと「否認」を始める。そのうちになぜ私なのか、という周りの人や神に対する「怒り」にかわり、避けられない結果を先に延ばすために周りの人、あるいは神と「取り引き」をはじめ、さらに症状がひどくなり、身体症状などがでてくにつれて、患者は「抑鬱」を感じ始める。、最終的にこれらの感情が欠落していき「受容」という段階を迎える。
ちなみに、「否認」の段階を越えた辺りからも、患者は明日特効薬ができるかもしれないとうい「希望」を捨てることはない、ともしている。
もちろんこうした諸段階には個人差があり、自分自身のみで到達する場合もあるが、(医師などをふくめた)周りの人の援助がなくては乗り越えられなかったりする。さらに段階は「怒り」から「否認」に一時的にもどるなど、段階がもどることもありうる。

さらに、終末医療で良く挙げられる、告知すべきか否か、また告知するなら誰に、どのようにして告知するのかという問題も当然扱われている。これは全編を通して話題に挙げられているが、末期患者との面接ではほとんどが告知されて良かった(状況を考えてほしかった、という意見はあったものの)としている。もちろん、これに拠って必ず告知をすべきという結論は得られるものではないが、告知に関してのひとつの考え方を提示してくれている。

また、患者に関わる家族、友人、医者、看護婦などについても書かれており、どのように患者と関わっていけるか、ということを提案している。


本書は段階毎に具体的な患者の面接記録を含んでおり、具体例に富んだ本になっている。それに対する著者のコメントも載っており、精神科医がどのように患者の言葉を理解しているのかを知ることができる良書であると思う。
[PR]
by nino84 | 2006-05-11 23:35 | 読書メモ
『頭がいい人、悪い人の話し方』(樋口裕一、PHP新書)を読みました。

ある人が賢いか否か、これは学生生活にあっては試験によって客観的に評価される。しかし、社会に出たらどうだろうか。社会に出れば、業績で判断されることはあろうが、それは試験よりも客観性に劣る。それさえも取引先などで一見しただけでは分かるものではない。だから、人は人の話し方によってその賢さを評価されることになる。
本書はバカに見える話し方を挙げることで、それを反面教師とし、頭がよく見える話し方を考えてもらおうという意図のもとにかかれている。話し方を変えることは、頭の中で話す内容を整理することにつながるから、話し方だけではなく、実力も身に付くようになると考えられる。


以上のような内容の本書なので、実はタイトルと内容が微妙にズレています。頭がいい人の話し方など全く書かれてはいません。正確には『頭の悪くみえる話し方』とでもした方がしっくり来るように思います。
また、分類が細かすぎるのも問題だと思えます。確かに、大きく3つに(著者の主観で!)分けられてはいるものの、全部で40の頭が悪くみえる事例が挙げられており、自分で整理がしにくいものとなっています。自分自身にあてはめて考えれば、一度はやったことがある、ということになってしまうようなものもありますから、あまり深刻に考えすぎると深みにはまる気がします。なにごともほどほどが肝心です。

ちなみに、多くの頭が悪くみえる話し方の解決方法は自分自身をしっかりと見直し、他者のことを考えることを忘れないことだというのが結論だと思います。こうやって書けば当たり前のことなのですが、それがなかなかできないんですよね…。


結局、頭が悪くみえる話し方の事例を挙げていき、「こういう人いるよね~」と言って、仲間内で楽しむ程度の本であるように思えます。
[PR]
by nino84 | 2006-05-10 00:01 | 読書メモ