本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『こころ』

『こころ』(夏目漱石、集英社文庫)を読みました。

私はとある海水浴場で先生と出会い、親交を深めた。しかし、私が先生を知るほどに、先生は妙な生活を送っているとみえる。
人間を信用せず、それゆえに自分さえも信用できなくなっている先生。病に倒れた私の父のために帰郷しているさなか、先生から一通の手紙が届く。そこには先生の書生時代の経験が記されており、それは先生の過去、そして現在の状況までも示すものであった。



さて、本というものは、読み始めると止まらないもので、本作もさっと読み終わりました。正直、文字をなぞっているだけという感は否めませんでしたが、夏目さんの作品は意外とそれで読めた気になるので、それはそれかな、と。
特に今回は集英社のナツイチ企画の一環としての期間限定カバーで小畑健さんが表紙を書いているものなので、それも含めて全体的にさらっと読んでしまった感じがあります。集英社さんはこの手で『人間失格』の部数を伸ばした経験があるようなので、味をしめたのでしょうか。同じ感じで展開されている『伊豆の踊り子』は荒木比呂彦(「ジョジョの奇妙な冒険」)ですから、もう作品を微塵も感じ取れなかったりする気がしますが、今作に関してはそれに比べれば違和感なく―普通小説にラノベ様の表紙というのは違和感がある気はするのですが―入ったかなと思います。

脱線してきたので装丁の話はこれくらいで。内容の話をしましょう。
内容としては私と先生の関係を書いてはいるのですが、「上 先生と私」でかなりの伏線をはり、見事に「下 先生と遺書」で回収していってくれるわけで、全体として面白く読めました。初めて読むはずなのに、伏線が了解できるのは学校教育のおかげ(せい?)ではあるのですが、読書感の一回性ともいえるものが崩れているのは、それはそれで新鮮な体験ではありました。どの部分が切り取られていたかは覚えていませんが、「下」のみだとすると、面白さが実は半減しているのでしょう。先生が抽象的な話で私の追及を逃れようとしている様、それでも少しずつ何かが漏れ出している様が個人的には面白くあったわけです。
こうした抽象的な話で私をあしらっていくのは、自分のことを含めて人間が信用できなくなったという先生の性質をよく表していると思うのですが、それでも少しずつなにかが漏れ出していくのはやはり人間らしさというものなのでしょう。いざという間際に、急に悪人に変わると言い、信用できないとしながらも、自分に興味をもってくれた人間である私に対して、なにかを話さずにいられないのです。先生に、人間的な弱さともいえるものがまだ残っている、といえるのでしょう。
先生は私に話せて嬉しいという旨をその遺書で述べます。先生は自分を含めた人間全体を信用できないとしながら、それを死ぬ直前まで持ち込むことができなかった。話を聞いてもらい、せめて自分という人間を分かる人がいて、なにかを残したかったのでしょう。信用できないといいながら、結局人とのつながりを求めること、また、どこかでそれができる人がありうると先生は信用していたというのはそれこそ人間的な弱さなのでしょう。
人間を信用できないとしながら、あくまで人間である先生がそれはそれは魅力的なキャラクターでありました。


最近、時間がなくて、ふっと立ち止まって何かを考えることがなくなっていて、作品の考察が深まらないのがなんとも悲しいことです。前回の『ブレイブ・ストーリー』の感想はほぼ映画版との比較で終わってしまいましたし、今回ももうしこし咀嚼したいな、と思いながらもそれができないのです。
本の中の世界の人間、作家が理論的にキャラクターを形成してくれる人間、でさえ理解がふかまらないことに危機感を覚えたりします。
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by nino84 | 2008-07-13 07:11 | 読書メモ
『ブレイブ・ストーリー』(宮部みゆき、角川文庫)を読みました。

三谷亘は少し理屈っぽいところはあるけれど、テレビゲームの好きなごく普通の小学5年生だ。そんな亘にある日、突然に両親の離婚話がもちあがる。
家を出て行く父をとめられず、ついには母がガス自殺を図るに至った。亘は家族の幸せを取り戻そうと、友人の美鶴にいざなわれ幻界(ヴィジョン)へと旅立つ。



映画を観たら原作も読みたくなってしまったので、読んでみることにしました。久しぶりのまっとうな読書だった気がします。

さて、映画の原作本ですが、角川文庫では上、中、下と3冊立てになっています。映画一本にまとめたとは思えない分量ですが、読んでみるとやはりエピソードがかなり削られているのが分かります。

前回の映画の感想にも書きましたが、やはり両親の離婚のエピソードは宮部さんらしく(?)かなり詳しく語られています。上巻はその大半を現世での描写に費やしていますが、そこでは小学5年生の男の子が両親の離婚話に困惑する様が丁寧に描かれています。映画ではさらっと父が家を出て行きましたが、本作では幸せな過程生活を描気ながらしっかりと離婚への伏線を張っていき、父が出て行ってからも、かなりの時間をかけて亘の所在なさを描いていきます。
最終的に母がガス自殺を図るに至ってヴィジョンへ行くことになるのですが、こうした説得力のある―子供だましでない―ところをベースにしてファンタジーの世界へと話が展開していくのです。
ちなみに、美鶴についてもその生い立ちは映画と異なりヴィジョンへ行く前に明かされ、さらに彼をとりまく現在の状況も描かれています。

また、ヴィジョンへ移動してからもやはり多くのエピソードが展開していきます。一つ一つが亘の成長を促していくものではあるのですが、こちらのエピソードは異世界ファンタジーとしての世界観がしっかりしているため、現世の話とはまた違った魅力のあるものとなっていると思います。
映画ではヴィジョンの世界がかなり単純化されて描かれていましたが、本作では民族(種族?)差別、組織間対立、宗教といったものを描いたエピソードも見受けられます。
結果、映画よりもかなり重い印象を与える作品かな、とも思えるのですが、そこは宮部さんですから、軽いタッチで入り込みやすく欠いていると思いました。


ところで、本作は著者がテレビゲームが好きなのが伝わってくる作品でもありました。『ロマンシングストーン・サーガ』という架空のゲームを思い浮かべながら、亘が「ゲームだったら…」といった思考をすることが多いわけです。架空のゲームの元ネタは明らかに某RPGなのでしょう。それはそれですが、「ゲームだったら…」というのは一般の読者層に通じるのだろうかと少し疑問に思ったりしました。
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by nino84 | 2008-07-10 03:43 | 読書メモ