本の感想などをつらつらと。


by nino84
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『レッドクリフ Part I』

『レッドクリフ Part I』を観ました.

漢の帝を擁する曹操は,劉備,孫権を討たんと兵を南進させる.数に劣る劉備,孫権両陣営は,対曹操の同盟を結び,曹操軍を迎え討たんとする.かくて,赤壁の地にて両陣営が見えることとなった.


また,DVDです.現在,Part IIが絶賛(?)上映中ですが,とりあえず,Part Iを観ていないとお話しにならないので,観てみました.

とりあえず,世界観が三国無双でした.劉備軍の関羽,趙雲,張飛はじめ,孫権軍の周瑜,甘興(甘寧のことかー!?)にいたるまで,なだたる将軍は一騎当千あたりまえのようです.
孔明はもちろん物語の中心人物のひとりであり,その軍略を披露してはいるものの,本編では常に周瑜とセットであり,なんとなく影が薄い存在です.劉備,孫権両軍同盟の橋渡しをするのが孔明であるために,序盤こそ目立ちはするものの,周瑜の登場以降,常に彼と共に軍を仕切ることになります.作品的には,その周瑜が推されているらしく,なんでか一騎当千の活躍,さらには小喬との仲むつまじい姿まで描かれて,完全に主役です.物語ですから,誰かを主役にはしなけりゃ盛り上がりもしないので,それはそれでいいですが,なんとなく違和感.あんたは前線で戦う人だっけか,と.
で,一方,戦うのが本職の趙雲,関羽,張飛はもちろん一騎当千.物語冒頭は長坂の戦い(らしい)だが,そこでの主役はまちがいなく趙雲と関羽.前者は劉備の子,阿斗救出シーンでの大立ち回りは圧巻.一方の関羽は長坂の戦いでただひとり残って(残ってしまった?)徒歩で戦ってたりする.曹操軍の兵たちをなぎ倒しながら曹操の目前まで迫って,結局見逃されるということになったが,結果はともかく,見せ場は作てもらった,という感じでしょうか.

とはいえ,私はそれほど三国志に詳しいわけではないので,話の細部が違ったところで,それほど気づかないところがあって,なので楽しめたのかもしれません.史実に忠実か否かは私では判断付きかねますが,どうだったのでしょうね.
個人的には,戦のシーンは迫力があってとても良かったと思います.
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# by nino84 | 2009-05-06 19:26 | 視聴メモ

『おくりびと』

『おくりびと』を観ました。

オーケストラのチェロ奏者として活動していた大悟は、オーケストラの解散とともに、妻を連れて山形の実家へと帰ってきた。そこで偶然であった納棺士という仕事。彼はその仕事の内容を妻に告げられないまま、続けていくのだった。

いわずとしれた、08年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品です。とりあえず、評判通り、良かった、とまずいいたい。なにがいいって、雰囲気がいい。つまり、映画全体に流れる空気がいいのです。
テーマとして扱われているのは、大きくは人の死ですから、それを描く空気をいいというのも御幣があるのかもしれないですが、それに対峙する人とその人のかもし出す空気をうまく捉えていると思えました。一見、淡々としていながら、しかし、その背後にある強い芯のようなもの、それがどこからか感じられます。主人公、大悟が勤めることになる納棺会社の社長。そして、火葬場の職員。彼らが普段対峙しているものをどのように捉えるのか。それは言葉にならない雰囲気として映画に写されていると思えました。
個人的には、笹野高史さん演じる男がよかったです。大悟が川を遡上して、そこで散乱し、死を迎えるサケを眺めながら「なんでわざわざこんなことをするのか」とつぶやいたときに、「まぁ、きっと自分の生まれたふるさとに帰りたいんでしょうよ」とさらっと言ってそのまま去っていく。なんということはないふとした一場面だけれど、なんか印象に残っています。さらっといえるところに、この人の芯の強さを感じたのかな。

全体として考えるよりも、まず感じる映画かな、と思います。納棺士の仕事の意味が、「理屈じゃわかってる」っていうのは、そりゃそうで、でもそれに対する意味づけを帰るためにはやっぱりまずその背後にあるものの意味を考えなきゃいけなくなる。それは万人に訪れる死、というものであって、それを考えることは非常に難しいように思えます。
もちろん、それはずっと考えていく必要のあることだけれど、2時間強の映画を観て、それ全体を悟れ、というのは大仰な気がします。別になにかの理屈が語られているわけではないので、別段なにか結論を見つけろ、と押し付けるような映画ではなかったと思います。だから、その一歩目として、まず感じる作品かな、と。死の絶対性、静謐さ。死のもつ意味を少し垣間見せてくれるそんな作品でした。

原作である『納棺夫日記』は3章立てで、日記調の2章に加えて、理論編ともいえる章が合わさって、作品として著されています。後者は宗教でいわれている死の概念を著者の立場から解釈しなおすという作業をしている章です。それは著者の答えではありますが、結局それも読者にとっては別の宗教書と同じ、ヒントにすぎません。そういう意味で、私個人としては、原作本の第3章は不要と考えます。
結局、答えは各々でみつけるしかなく、それは2時間で考えるには壮大すぎます。だからこそ、まず感じる作品だろう、と思えたのです。作品では、主人公、大悟の仕事に対する心境の変化が丁寧に描かれていますし、加えて納棺会社の社長と火夫の男も示唆的に描かれています。終盤、わけもなく泣いてしまっていました。なにに泣いていたのだろう、と思えるものの、理屈ではないんですよね、多分。
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# by nino84 | 2009-05-05 00:43 | 視聴メモ

「生きてるだけで、愛」

「生きてるだけで、愛」(本谷有希子、『生きてるだけで、愛』新潮文庫収録)を読みました。

あたしは最近、鬱はいってて、眠くて仕方がない。ネットで検索したら、過眠症というらしい。そんなでも、あたしは津奈木と同棲している。でも、津奈木はいっつもあたしを放っておくし、そりゃ、あたしは寝たいし、そんなときに声かけられてもウザいけどさ。津奈木があたしをないがしろにして、楽してるのは耐えらんない。いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなぁ。

1週間は早いですね。この間、「キッチン」の感想を書いたと思ったら、もうその週の週末です。

閑話休題。さて、今作、なんでも芥川賞候補になった作品だそうです。特別に、賞の名前で本を読むわけではありませんが、芥川賞は短編、中編がそのメインの候補作となるので、良作の一つの目安として、活用させてもらっています。新しい著者の作品というのは、人から勧められない限り、手にとるのは難しいですからね。

そんな本作ですが、内容は、どこか金原ひとみさんの作品を彷彿とさせます。俗に言う「メンヘル」(メンタルヘルスを害している人たち…という表現が正しいのか、どうなのか。おおよそこうした意味でネット上では使われているよう)を主役にした作品です。金原作品ではそれが直接表現されることはないですが、本作では「メンヘル」という言葉も登場し、直截的に描かれます。
以前に金原さんの作品のいずれかを読んだ際にも感想に書きましたが、現代は、こういう作品が描かれ、そして大衆に読まれる時代なんですよね。私見ですが、結局、神経症レベルの症状(所謂アパシー的なもの)は、(そこそこ相談すれば)解消する(この表現が妥当だとは思わないが、)という認識が社会に生まれつつあるように思います。そういう社会レベルの認識の変化は、もちろん個々人の認識のレベルが全体的に深化していることをさしているでしょう。そうした意識の深まりはすなわち、自分の(あくまで神経症レベルの)問題に意識を向けることを促進します。自分の姿を客観的に眺めることができれば、それだけ解決作も自ら立てやすいと考えられ、そのレベルの病理は勝手に解消されていく可能性が高くなっていきます。
客観視の例として、最近では、中学2年生くらいの心性を「中二病」と称していることが挙げられます。これは専門家がどうこういうのではなくて、社会が中学2年生くらいはこういうものだという認識が生まれていることに他なりません。そのため、中学2年生が自己の心性を知るということは、発達の最近接領域ですから、ふとしたことで、自分の状況を認識しやすくはなっているはずです。その結果、妙に聞き分けのいいどこかスレた中学生や、逆によりその心性を高めるように深みにはまっていく中学生がうまれたりするのでは、と考えたりします。
話を戻せば、結局、神経症レベルの問題は、社会に認識されていくことで、独力で解消する、あるいは逆に深みにはまっていくというどちらの可能性をも増加させたといえるのではないでしょうか。もちろん、誤解のないようにいっておけば、私は誰も彼もがそのように移行するのだ、とは思っていません。それは個別性が高いことだと思えます。

私見はこれくらいにしておきます。とにかく、神経症レベルの人たちの悩みはこれまでの時代の文学で描かれつづけてきたといっていいわけです。合理的に考えて、悩んでいることが読者に納得され、客観的に矛盾のない考えで行動し、その結果として問題を解消したり、問題に飲み込まれたりする主人公を文学は書きつづけてきたのです。
しかし、最近はそうでもない印象をうけます。すなわち、了解不能な考えで行動する主人公が多いように思います。本作もそんな作品で、主人公はただの鬱ではなさそうな感じがします。もちろん、主人公は著者の創造ですから、このように振舞う人間がいるとは断言できません。ただ、作品の中でキャラクタ―として存在できている以上、おそらく現実にも存在し得るでしょう。

…大変です。まとまらなくなってきました。今更ながら、書きなぐれる話ではなかったな、と思います。以下、本作の内容に触れて、無理やりまとめとします。

「いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなぁ。」
結局、この作品はこれに尽きると思います。自分は自分をやめられない。自分がどれだけ理不尽か、わかっちゃいるけど、やめられない。その悲しさ。でも、それを受け止めてくれる人がいたら、それはとてもうれしいことではないでしょうか。とはいえ、自分でもわからない状態をなんで他人が分かるのか、分かるわけがないと思っている人ですから、体験として、人から分かってもらえた瞬間はすごく貴重な一瞬だろうと、想像します。なんとなく。
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# by nino84 | 2009-04-26 00:57 | 読書メモ