本の感想などをつらつらと。


by nino84
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「キッチン」

「キッチン」(吉本ばなな、『キッチン』新潮文庫収録)を読みました。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。世話をしてくれていた祖母が死んで、私は誘われるまま大学の同級生であり、祖母の知り合いであった田辺雄一の家に招かれた。彼の家の台所はとてもいい台所だった。彼の父であり母と、雄一と私。奇妙な3人の暮らしが始まった。

久しぶりの更新になりました。一度書かなくなると、ダメですね。復帰に時間が掛かります。2、3週間、放っておいてしまって、なんだか、記憶が消えつつありますが、とりあえず、書いてみます。本書はベスト・セラーになったので、説明もあまりいらないでしょう。まだ読んでいなかったので、いまさらですが、とりあえず読んでみようと、ふと思い立ちました。

さて、本作の主人公、「私」は祖母をなくし、身寄りをなくしてしまいます。そんななかで、田辺雄一に誘われて、彼の自宅で母と3人の共同生活に入ります。彼の母は、母とといっても、戸籍上は父親で、妻に先立たれて、他の人を愛することはないからと、女性になった人です。
彼らはとてもやさしく、穏やかで、「私」の元彼、宗太郎のもつやさしさとは別種の安らぎを「私」に与えてくています。「私」が欲しているのは、安らかな時間であって、社会の中で上手く生きていくということではないのでしょう。宗太郎ならば、新しいアパートを探して、大学に通わせて、ということをするだろうと、「私」は思います。でも、雄一たちはそのようなことはしません。ただ、家にいさせてくれる。「私」が身寄りを失い、喪に服する時間を、彼らは保障してくれるのです。その安らぎのなかで、「私」は少しずつ立ち直ってきます。

「人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの」、雄一の母、えり子はいいます。「私」はそれが「わかる気がする」といい、祖母をなつかしむのでした。

喪の作業というのは、必要なんですよね、きっと。でも、それを社会は許してくれない。もちろん、忌引きという形で、通夜と葬式くらいはさせてくれるけれど、それはそれだけのことです。それは通過儀礼であって、それでもって、すべての幕が引けるというわけではない。人を失うという喪失感をやりくりできるようになるまで、本来なら時間をかけるべきなのでしょう。日々に追われ、喪に服することを忘れてしまった現代の悲しさを感じずにはいられません。本作にただようやわらかさは、それをつかの間でも与えてくれるものであったと思えます。
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# by nino84 | 2009-04-19 22:50 | 読書メモ
『ぼくは勉強ができない』(山田詠美、新潮文庫)を読みました。

ぼくは勉強ができない。でも、それよりも大切なことはあるはずだ。女にはもてるのだし。


本書もまた、借りた本です。短編集なので、本来なら小分けにして書くべきなのですが、借りた本ということもあり、まとめてかきます。もっとも、短編集とはいえ、主人公を一にしたオムニバスの作品ですので、まとめて書いてもそれほど違和感はないのかな、と思いもします。

さて、本書の主人公、時田秀美は17歳の男子高校生です。勉強は苦手ですが、女性にはもてて、今も年上の女性と付き合っています。家では、母と祖父との3人暮らしで、母の浪費が原因で、貧乏くさい生活を余儀なくされています。
本書は、そんな主人公の学校生活を淡々と描いています。淡々とと書きましたが、主人公がサバサバしているため、そんな印象をうけるのだと思えます。スれているというか、達観しているというか。学校という勉強ができることが最大の価値であるとされる場所において、それはできないものとして、別のところに自分の価値を見出す、見出そうとする。そんなところが、彼を一見して強くみせています。しかし、彼自身、それが行き難いことだと認識し始めており、自分がそういった価値観にいることを、全面に押し出すことは、周りの関係をギクシャクさせることもあると、体験的に知っていきます。
彼は本音と建前の使い分けが十分にできず、つねに本音で自分の価値を脅かすものに立ち向かっていくのです。結果、彼に対峙したものは、自分の価値観に真っ向から対決を挑まれる形になり、彼を一緒にやっていきづらいものとして認識するのでした。

そんな彼を支えているものは、そうした彼の生き方をよしとする母であり、祖父であり、年上の恋人であり、またサッカー部顧問の桜井先生であったりします。彼らは、勉強だけに重きをおかないという点で、彼のよき理解者です。そうした保障のなかで、ときに、桜井先生や祖父は彼を気遣い、アドバイスを与えたりもするのです。
そうやって、本音と建前の表出の仕方を調整をしていくなかで、それがいいかどうかはともかく、人間は丸くなっていくのでしょう。たとえば、彼は、独りは寂しいということをしりながら、しかし、そのやりかたゆえに独りになりかねない状況にありました。そうした状況は、彼にどうやってそれを避けるようにやっていくかということを考えさせるのです。こうして自分の価値観のなかにまわりの価値観を合致させていくような、芯のしっかりした人物というのは、尊敬に値します。
もちろん、自分の価値観のみで世間でやっていける主人公の母のような人も時にはいるようで、それがまたかっこいいのではありますが、そんな無茶な、と思いもするのです。それに比べると、主人公のとっている方法、自分の価値観のなかに他者の価値観を取り入れていくというのは、ずいぶん現実的です。
現実的ではありながら、広くいわれている価値観で生きるのではなく、自分の価値観、信念をもっているというのは、やはりかっこいい生き方といわざるをえない。
そうした普通とは少し違った生き方は、それだけエネルギーが必要とされる生き方でもあります。彼の行動からは、そうしたエネルギーが感じられ、それが彼のかっこよさ、ヒロイズムにつながっているのだと思えます。
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# by nino84 | 2009-03-25 01:54 | 読書メモ

『鴨川ホルモー』

『鴨川ホルモー』(万城目学、角川文庫)を読みました。

ホルモオォォォォォ!今日も京都の街に叫び声が響く。
俺は京都大学に入学し、京都青竜会に勧誘され、そのままホルモーなるなぞの競技に参加することになった。なんでも4チームの対抗戦らしいのだが…。



今回もやはり借り物です。2人の人から「ただただ面白い、訳わからないけど」という同じような感想をきき、勧められ、そのまま借りてしまいました。なんでも『鹿男あをによし』の著者のデビュー作なのだそうです。
読んでみての感想は、やはり「ただただ馬鹿らしく、面白い。でも訳はわからない」というもので、ここまでくると、誰が読んでもそんな感想を持つのではないかと、思ってしまいます。


さて、本作はホルモーという競技をめぐる物語です。その競技の実態について記すと、おそらく本書を読んだときのおもしろさが半減してしまうので、これ以降にも競技の詳細は伏せておこうと思います。
ただ、その競技に負けると、ホルモオォォォォォォ!と所はばからず叫びたくなり、また、突発的にチョンマゲにしてみたくなったりしてしまうのです。怖いですね(笑)

ホルモーという競技をするサークルの話ですから、人間関係であったり、恋愛模様であったりといった大学のサークルらしい描写もあるにはあるのです。しかし、そこで作り出したシリアスな感じも、チョンマゲの存在によって、どうもシュールな笑いを含んだ場面に落とし込まれてしまいます。結局、シリアスな場面は、次にくる爆発のための溜め、間、にしかすぎません。基本的には全編、馬鹿話です。もちろん、主人公たちはホルモーを本気で行うのであって、その態度自体は非常にまじめです。しかし、いかんせん、チョンマゲです。
バカなことは、本気でやるから面白い、というのを地でいく作品になっていると思います。
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# by nino84 | 2009-03-22 21:51 | 読書メモ